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| Locandina | Italian Poster( X4 ) |
| 英語題名 | My Name is Nobody |
| 監督 | Tonino Valerii |
| 脚本 | Fulvio Morsella, Ernesto Gastaldi |
| 撮影 | Giuseppe Ruzzolini, Armando Nannuzzi |
| 音楽 | Ennio Morricone |
| 出演者 | Terence Hill, Henry Fonda, Leo Gordon, Geoffrey
Lewis Piero Lulli, R.G.Armstrong |
★ストーリー ヘンリー・フォンダ演じるジャック・ボレガードは初老のガンマン。比類なき早撃ちの名手として西部中にその名をとどろかせた彼にも引退を考える時が来た。しかし彼を倒して名を上げようという男たちがいつも命を狙っているため油断はできない。今日も髭をあたらせている床屋に銃を突き付けるほどの用心のしようだ。床屋がニセモノだと気づくやいなや、あっと言う間の3連射で3人の殺し屋を片づけた。この早撃ちを目の当たりに見せつけられたホンモノの床屋の息子が、彼より早い人もいるの? と聞いた時、父親は首を横に振りながらこう答えた。 …… "Faster than him ? .... Nobody !" ここで素手で魚をつかまえるテレンス・ヒルに場面が切り換わり(絶妙のタイミング!)、メインタイトルが始まる。彼は氏名不詳の風来坊、自称ノーボディ。ボレガードに対して尊敬とも憧れともいえる感情を持つものの、その彼を倒すことにより自らの名を上げたいという野心も合わせ持つ。150人のワイルドバンチにボレガードが1人で立ち向かうようにお膳立てをして、ボレガードの名を不滅のものとして歴史にしかと刻み、しかる後に両者はニューオーリンズの町で一対一の決闘の時を迎えた。銃声一発、そして一瞬遅れで焚かれたフラッシュ。カメラのレンズ越しに崩れ落ちるボレーガードの姿が写される。しかしこの決闘は、彼を無事に引退させるために仕組まれた芝居だった。ヨーロッパへ向かう船上の人となったボレガードから、今や自分が狙われる立場となったノーボディにアドバイスの手紙が書かれる。床屋には気をつけろ、と。アドバイスを受けたノーボディは、ボレガードとは少しだけ違うやり方で対処するのだった。 ★ノーボディとは誰だったのか ノーボディとはいったい誰だったのか。それを考えることがすなわちこの作品について語ることになる。いかようにも考えることができるのだが、おそらくそのどれもがすべて正解なのであろう。多様な解釈ができることは、名作のひとつの条件なのだから。 レオーネ研究がさかんな欧米では、この作品はレオーネ作品として扱われる場合が多い。いくつかの研究書では、ボレガードは消えゆく古きよき開拓時代の西部を象徴する(ニューオーリンズの掲示板に1899年死亡と記される)のみならず、ジョン・フォードに代表される正統派西部劇をも意味しているのだとされる(サム・ペキンパなどはすでに死人扱いで墓標に名が書かれている)。そして一方のノーボディとは、レオーネに代表される新しい西部劇の作り手だと言うのだ。実際レオーネも『荒野の用心棒』(64)の時点では、ボブ・ロバートソンという変名を使う世界的には無名のノーボディだった。あるいは、世界的に名の知られるテレンス・ヒルになる以前のイタリア人俳優マリオ・ジロッティは、アメリカ映画界の重鎮ヘンリー・フォンダに比べれば文字どおり無名のノーボディだったという言い方もできる。 これとは別に、この作品は西部の伝説の虚構性を扱ったものだという論考もある。レオーネ自身もインタビューに答えてそのような主旨の発言をしてはいる。確かに、オープニングの床屋のシーンにしろ最後の決闘にしろ、鏡やカメラに映った絵を見せることにより、それが虚像に過ぎないことを示しているようにも見える。他にも、酒場でのグラス撃ち競争も鏡越しの映像だし、ずばり鏡の間での撃ち合いもあるぐらいだ。これらは伝説というものが虚構であることを語っているのかも知れない。この観点から、いくつかの研究書の中では『リバティバランスを撃った男』(61)とこの作品との比較がなされたりもしている。 確かに、作品そのものだけを取り出して分析するならば上のような解釈も可能だろう。しかし、作った人間が作品に込めた思いは何であったのか、1973年という製作年度とその時の製作者個々の状況も考慮に入れるべきであろう。 ★その時レオーネは 『続・夕陽のガンマン』(66)の大成功の後、レオーネは西部劇というジャンルから決別したがっていた。直接的なきっかけはハリー・グレイの"The Hoods"を知ったことだが(後に"Once Upon A Time in America"として結実)、それよりも、西部劇の領域でやり残したことはもはや何もなくなった、と言うのが一番の原因だろう。しかしスポンサーの意向には逆らえない。集大成とも言える『ウエスタン』(68)を撮り、これでほんとにこのジャンルとは決別しようとした(その決意表明として、オープニングシーンで殺される3人に『続・夕陽のガンマン』の主役3人を使いたかったらしいが、幸か不幸かこれは実現しなかった)。アメリカでは惨澹たる興行成績だったこの『ウエスタン』も、ヨーロッパ、特にフランスでは空前の大ヒットとなった。異端児を自任するレオーネとしては、どうしても西部劇の本場では認められないという徒労感もあっただろうが、マカロニの第一人者の称号は獲得し、もちろん「より多くのドル」も稼ぎ、いくばくかの満足感はあったことだろう。何事もなければこのまま安らかに西部劇から引退できるはずだった。しかし…… 『風来坊』(70)がイタリア国内はもとより世界中で大ヒット、これがすべてを変えた。自分たちが営々と築きあげたジャンルを茶化し笑い者にしただけとしか思えない、そんな映画がヒットしたのだ。それともう一つ、登場人物の名前から観客が先入観を持つことを極端に嫌い、主人公の無名性にこだわるレオーネにとっては、"Trinity"などという大仰な名前が主人公に冠せられた映画が自分の映画よりもヒットすることにはがまんがならなかったという。(『風来坊』の原題名は"They call me Trinity"、続編も作られそちらは"Trinity is still My Name"。一方レオーネ作品では主人公が"My name is ….."と名乗ることはほとんどない。)西部劇の世界でやり残した仕事はもうないと思っていたがそうではなかった。何としてもマカロニの第一人者としての王冠と玉座を奪い返さなければならない。『ミスター・ノーボディ』は当初はそのために作られる映画になるはずだった。そこでは、伝説のガンマンに挑戦した若いガンマンは、勝負には勝ったもののそれだけでは名を成すことはできず、自分が取るに足らない存在のノーボディであることを思い知る、という物語が展開されるはずだった。 ★その時ヴァレリは 原案はレオーネのアイデアである。監督候補として何人目かでヴァレリに依頼が来た時に、かつての師匠からの依頼を最初ヴァレリは断った。その理由は、この作品が"Trinity"に対する単なるアンチテーゼのように思われたからだという。しかし彼は考え直す。ボレガードの引退に比重を置いた作品にすれば自分の撮りたい映画になるのではないかと。幸いにもこの提案は受け入れられ、彼は監督を引き受けることになった。脚本は『怒りの荒野』(67)でも仕事をしたことのあるエルネスト・ガスタルディ。レオーネは自分の映画ではすべて脚本にも関わっていたが、この作品では脚本にタッチしていない。その意味でもこの映画はレオーネ作品ではないのだ。最初のアイデアは確かにレオーネから出たものだが、ヴァレリの意向がおおいに反映された内容に仕上がった。かくして出来上がったフィルムのタイトルクレジットにはこう記される。 …… Sergio Leone presents …… From an Idea of Sergio Leone …… Directed by Tonino Valerii 『怒りの荒野』(67)においてレオーネ俳優リー・ヴァン・クリーフを劇中で殺し、師匠レオーネの作品『夕陽のガンマン』(66)に対して昂然と挑戦したヴァレリが、その6年後に撮りたかった作品とはいったいどのようなものであったのだろうか。 ★ボレガードとは誰だったのか ノーボディとボレガードが初めて遭遇するのはとある田舎町のさびれた酒場においてだ。爆弾入りのカゴを持ったままのノーボディとボレガードの会話はこうだ。 ……ノーボディ:If You go away, who's gonna be left? …… Nobody. ……ボレガード:Maybe so. But a man's gotta quit sometime. ……ノーボディ:H'm, sometime. But someone like you's gotta go out in Style. 引退することしか考えていないボレガードに、ノーボディはカッコよく"in Style"引退して欲しいとだけ言う。引退後に残されるのは"Nobody"だ、と。 ネバダ・キッドの墓場で帽子を吹き飛ばされた場面では、ノーボディはひたすらボレガードをおだて、持ち上げようとすさえする。 ……ノーボディ:Four shots ? one hole. Just like the Good Old Days. ……ボレガード:There was never any Good Old Days. しかし当のボレガードは、自分が歴史に残るに値するとは思っておらず、伝説になることは拒否しているように見える。最後にノーボディに宛てた手紙にも書いているように、自分たちはただの"Romantic Fool"だったとしか思ってはいないのだ。そんな彼が考えているのはただ自分が安穏に引退することだけだ(彼の乗るヨーロッパ行きの船の名前はSundowner=落日・引退!)。 一方ノーボディの思いは、ビリヤード場での会話でようやく明確な言葉で語られるようになる。 ……ノーボディ:A man needs someone to believe in. 人には信じるものが、ヒーローが、伝説が、必要なのだと彼は言うのだ。この言葉はボレガードの手紙の中でも繰り返され、この映画のテーマの1つであったことがわかる。 ワイルド・バンチとの対決の後、ボレガードはライフルを置いて汽車に乗って去って行く。汽車とは、映画の歴史を通じて一貫して、古い世界からの決別と新しい世界への出発の象徴である。その汽車を運転していたのが他ならぬノーボディであったことに注意しなければならない。汽車の中で2人はようやくカッコよく"in Style"引退するための段取りについて相談することになる。 ……ボレガード:Well, now you got me in the history books. How do I quit? ……ノーボディ:There's only one way. You've got to die. Where there's lots of people. 大勢の目の前で死ぬしか引退する道はない。いや実際には死ななくともよい。大勢の人間に死んだと思われさえすればそれでよいのだ。そしてニューオーリンズでの決闘。崩れ落ちるボレガードがカメラ越しの映像になっていたのは、歴史上はそう記録されたが実際は違うのだということを雄弁に物語っている。かくしてノーボディの段取りのとおりに事は運んだのであった。 さて、ボレガードを演ずるヘンリー・フォンダは言うまでもなくアメリカ映画界の重鎮だが、この時点でのマカロニ世界では『ウエスタン』で強烈な印象を残したレオーネ俳優だ。そのボレガードが、この物語全体を通して自分で決めたことと言えばヨーロッパ行きの船に乗るというそのことだけだった(すなわち原案のみ)。あとはすべてノーボディの思わくどおりに動かされたことになる(すなわち監督)。こう考えると、ボレガードとはいったい何者であったのかが、にわかに浮かび上がってくるのである。 ★そしてノーボディとは誰だったのか オレステ・フォナリのインタビューに答えてヴァレリはこう語っている。 「スケジュールの遅れが出た時、第2班監督を務めることをレオーネが申し出た。友人の一人が私に、『ほんの少しでもレオーネに手伝ってもらったら世間はもうそれだけでレオーネの映画だと呼ぶようになるぞ、注意しろよ』と忠告してくれた。そんなバカなことがあるかとその時は思い、テレンス・ヒルの酒場でのグラス撃ち競争とお祭り会場のシーンを撮ってもらったが、結局その友人の忠告どおりになった。スピルバーグなどはこの映画をレオーネの最高傑作と呼ぶぐらいだ。」 ヴァレリはそういう世間に対して一切の反論をしなかった。当然浴びるべきスポットライトが自分には当てられないことに対して何の不満も表さなかった。当然だ。彼が望んでいたとおりのことが実現したのだから。 『怒りの荒野』から6年。その間『ウエスタン』・『夕陽のギャングたち』という空前絶後の映像叙事詩を紡ぎ出した師匠レオーネに対するヴァレリの思いは、若き日の憧れとぎらぎらした野心から、いつしか心からの尊敬と感謝へと変わっていったとしても何ら不自然ではない。そんなヴァレリにとって、マカロニ・ブームの終焉にあたっておそらく最後の一本になるであろう作品に込める思いは、師匠レオーネの名を、そして自らも情熱をささげたマカロニの栄光を、歴史にしかと刻みつけることだけであったことだろう。そういう思いを抱く男にとっては、自分にスポットライトが当たるかどうかなどはまったく興味の対象外である。マカロニブームの悼尾を飾る名作を残しながら、自らは舞台ソデの黒子役に徹した男。名誉と栄光のためでなく、ただ胸の内なる誇りに生きた男。ノーボディとはそういう男のことなのだ。 少なからぬ数の映画評論家、批評家がこう言う。したがって歴史にもこう記される。 「『ミスター・ノーボディ』はレオーネ最後のウエスタンである」と。 それに意義をさしはさむことのできる人間は …… Nobody ! ノーボディにだけはその権利がある。しかし彼はそれをしない。この映画は、ハリウッド映画の単純なサクセスストーリーのようにnobodyがsomebodyになる映画などではない。ニューオーリンズの決闘の掲示板にも名前は出ない。ノーボディはあくまでもノーボディのままだ。だからこそマカロニウエスタンなのである。 レオーネが始めレオーネが完成させたマカロニの栄光の歴史は不滅の金字塔である。その栄光の歴史が幕を閉じる寸前に、あたかも沈む夕陽の最後のきらめきのように、一瞬の輝きを見せた奇跡のような美しさとやさしさに満ちた作品があった。そして、マカロニの栄光をその1つの作品の中に見事に結晶させ永遠の輝きを与えた男がいた。自らはあえてノーボディとなって英雄の伝説を残してくれたその男は誰であったのか、たとえ世間は忘れようともわれわれは決して忘れないであろう。 マカロニウエスタンよ永遠なれ! レオーネよ永遠なれ! そしてもう一人、ノーボディことトニーノ・ヴァレリよ、永遠なれ! 参考文献: Sergio Leone : The Great Italian Dream of Legendary America …… by Oreste De Fornari, Charles Nopar (Translator) Once upon a Time : The Films of Sergio Leone …… by Robert Cumbow Western All'Italiana -book one …… by Antonio Bruschini & Antonio Tentori Spaghetti Westerns : Cowboys and Europeans …… by Christopher Frayling |
| スコット・マリー高橋 |
6/6/1999