荒野の用心棒/Per Un Pugno di Dollari (1964)


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Locandina Italian Poster ( X 2 ) Japanese Poster Spanish Poster

英語題名 A Fistful of Dollars
監督 Sergio Leone
脚本 Sergio Leone, Duccio Tessari, Victor A. Cantena, G. Schock
撮影 Massimo Dallamano
音楽 Ennio Morricone
出演 Clint Eastwood, Gian Maria Volonte, Marianne Koch,
Jose Calvo, Wolfgang Lukscky, Daniel Martin


荒野の用心棒 レビュー
【ストーリー】

 ロホとバクスターの二つの勢力が争う国境の町に、葉巻をくわえたポンチョ姿の流れ者ジョー(クリント・イーストウッド)がやって来た。男は酒場の親父シルバニート(ホセ・カルボ)に町の事情を聞かされると、バクスター家の前でたむろする悪人どもを皆殺し。それを土産にロホに取り入る。

 ロホの息子ラモン(ジャン・マリア・ボロンテ)は、頭も切れるライフルの名手。軍隊に機関銃でだまし討ちをしかけて全滅させ、金塊を奪うなど残虐な性根の持ち主だ。ジョーは、ラモンに襲われた兵隊の死体を墓地に置き、生き残りがいるとの偽情報を双方の勢力に流す。両方が総出で墓地での撃ち合いを展開する隙に、ロホ邸で金塊を探すが、無理やりラモンの情婦にされている人妻マリソル(マリアンネ・コッホ)を殴ってしまったのをきっかけに、その境遇を知る。

 バクスターに捕らわれたマリソルと、ロホ側に捕まったバクスターの息子の人質交換のさなか、マリソルの息子が母にすがりつく。ラモンが動いたのを見たジョーは、マリソルを家族と引き離し、ラモンの元へ行かせた。

 その夜、パーティで酔いつぶれたふりをしたジョーは部屋を抜けだし、マリソルが監禁された家を訪れ、数人の見張りをあっという間に射殺。家族と合流したマリソルに自分が稼いだ金を渡し、逃がす。だが、戻った部屋にはラモンが待っていた。手下のチコ(マリオ・ブレガ)らの壮絶なリンチを受けるジョー。しかし、巨大な酒樽を転がしてチコを圧殺すると、こぼれた酒に火を着け、脱出する。

 バクスターがジョーをかくまったと思いこんだラモンは、一味総出でバクスター邸に放火。バクスター一家を皆殺しにした。葬儀屋(ヨゼフ・エッガー)の棺桶に入り、ジョーは町を出る。隠れ家で傷をいやすジョー。だが、シルバニートがジョーの食料を用意していることがロホ一家にばれて捕まってしまう。往来に縄で吊られたシルバニートがリンチを受けている真っ最中、ダイナマイトの硝煙とともに、ジョーが現れた。得意のライフルでジョーの心臓を撃つラモンだが、何度命中させても、ジョーは立ち上がってくる。「ラモン、心臓を狙え」と言いながら。

 ポンチョをめくるジョー。胴体に付けた鉄板で心臓への銃弾を防いでいたのだ。寸時の間の後、ラモンのライフルと、その仲間たちをジョーの拳銃が吹き飛ばした。ジョーは拳銃を捨て、地面に落ちた相手のライフルと自分の拳銃を拾って撃つ決闘を挑む。地に手を伸ばす二人。弾を装填したラモンが銃を構える前に、ジョーの一弾がラモンを葬った。悪人が全滅、町に平和が戻った。馬に乗って去るジョーを、もう要らないとばかりに、ライフルを投げ捨て見送るシルバニート。葬儀屋は棺桶を作るため、死体の寸法を測り始める。エンドタイトル。

【解説】

 幼子を蹴りつけ、逃げるその足元にしつこく銃弾をブチ込むマリオ・ブレガ。これまでの映画とまったく違う価値観を振りかざすマカロニウエスタンというジャンルは、まさにこの瞬間、爆発的でありながら数年間のみというはかない、超新星のようなブームに火を着けたと言っていいでしょう。本作の世界中での大ヒットにより、イタリア娯楽映画界全体が「ひと握りのドル」を得るために、猫も杓子もネロもフルチも、その数500本以上と言われる西部劇大量生産に走りました。「アメリカ人とメキシコ人の対立」といった構図、音楽のアレンジ手法、カルロ・シミの衣装(ポンチョのデザインはじめ市松模様の縁取りのソンブレロなど)に至るまで、20万ドルの低予算で制作された本作が、後々までスタンダードとされたのは言うまでもありません。

 190センチを超える長身を持て余し、「クリストファー・リーの次のバンパイア俳優にでもなるしかない」と言われていた当時のイーストウッドにとっては、訳の分からない言葉をしゃべるイタリア・スペイン人に囲まれた欧州での出稼ぎ仕事が、奇跡に変わったとしか言いようがなかったでしょう。真偽は不明ですが、彼より先にC・ブロンソン、J・コバーンにレオーネからオファーがあり、ともに断った二人は後に歯がみして悔しがったとか。しかし、「ジョー」のキャラクターは、イーストウッドだったからこそ成立し、本作が傑作たり得たのではないでしょうか。ブロンソンなら「ナバホ・ジョー」になっちゃうし……。

 イーストウッドは、ポンチョに葉巻をくわえたキャラは自分が考案したと話していますが、レオーネは「ポンチョまでは着せたが、彼は煙草を吸わないという。口にねじ込んだよ」と言っています。ステレオタイプの米国人には思いつきそうもないポンチョのアイデアといい、鉄板を隠すストーリーといい、少なくともイタリア人の発想に思えるのですが。とにかくこのスタイルは、制作費が60万ドルに増額された傑作「夕陽のガンマン」に引き継がれ、彼のトレードマークになります。さらに120万ドルを使っての長大、冗長なイーライ・ウオーラック主演作「続・夕陽のガンマン」で、わざわざクライマックス前にイーストウッドに三度着せる、というレオーネのセルフパロディによって完全にその役割を終えるのですが、イーストウッド本人にも重荷を背負わせることになりました。この強烈なイメージを払拭して新たなキャラを築く「ダーティー・ハリー」まで、彼の長い長い「ジョーとの戦い」は続くことになります。

 レオーネも、観客第一の娯楽に徹した小気味いい演出を展開。映画を安物に見せません。川岸での機関銃大量殺りくでは、人がバタバタ死ぬのに馬は一頭も倒れていないとか、ロホ一味を6発使って殺したジョーのリボルバーから7発目が飛び出してカルボの縄を切るとか、細かいことを言っていてはいけません。本作は20万ドルのマカロニなんですから。とびきり出来がいいけど、マカロニ。マカロニだけど、とびきり出来がいいんです。

 本作に関する逸話で、もっとも有名なのは「黒澤明の『用心棒』のパクリである」、とされることでしょう。そうです。展開はまったくのパクリ。しかし、イーストウッドが三船敏郎そっくりに無精ひげを掻くしぐさなどを見ると、レオーネの黒澤への尊敬の念が本作をつくらせたと思えるのです(ただイタリア人だから承諾を得るのを忘れた、もしくはイタリア人だからそんなことはしなくてもいいと考えた?)。個人的にはレオーネと黒澤とはよく似た監督だと見ています。

1 男の世界を描くことに手腕を発揮する
2 基本的に娯楽監督なのに、それを忘れて妙なテーマを持ち込むと途端につまら
なくなる
3 女性を描けない(レオーネは大失敗作「ウエスタン」で証明)

 レオーネが、そんな黒澤世界に接近するのは自然に思えます。キャスト・スタッフ名を英語圏名にしたのも、海外配給を考えて一見アメリカ製のインチキ西部劇をつくったというより、パクリ作品を輸出することなど思いもよらず、イタリア国内で興業するのに本場西部劇っぽく見せれば収益が上がると考えた、という方が自然な気がします。本作がイタリアでヒットしたことによって輸出された事実から、そう想像します。

 ただ、黒澤作品と比べると、自分の金までマリソルに渡して一家を逃がす展開はマカロニらしくないし、イーストウッドのキャラクターにそぐわない点は明らかな失敗。あそこは、照れ屋でお人好しらしい三船の役柄だからこそ「用心棒」では成立した部分でした。百歩譲ってロホ一家を撹乱する目的で逃がした、としても自分のドルを与えてしまったら、マカロニヒーローとは言えません。

 町のセットは、スペインの首都マドリードの北にあるコルメナール・ビエホ。「ミネソタ無頼」「情無用のコルト」「無宿のプロガンマン」など、数多くのマカロニに登場します。アンダルシア地方の荒野が連なるアルメリアと違う点は、山並みに緑の植生が目立つことです。アルメリアでもロケ。同地の東にあるモハカルという切り立った崖に囲まれた町で、レオーネは脚本をスタッフたちと練り上げたと言われています。地中海を見下ろせる絶景の中で、すっきりした人殺しの映画が築き上げられたのですね。

 本作は、リンチに欠かせぬマリオ・ブレガ、バクスター家から上がる炎に恍惚とした表情を浮かべ人を殺しまくるアルド・サンブレル、凶悪顔はすでに一流のべニト・ステファネリら、マカロニワールドを支えていく十把ひとからげ俳優たちの本格的世界デビュー作でもあります。一般映画・西部劇ファンからコアなマカロニマニアまでを楽しませる「荒野の用心棒」は、マカロニウエスタンを単に「20世紀のアダ花」と片づけさせない魅力にあふれています。

【音楽】

 「荒野の用心棒」は、イタリアが生んだ偉大な作曲家「ダン・サヴィオ」、つまりモリコーネが、親友レオーネと一緒に世界に認められた映画です。有名な「さすらいの口笛」のアレンジは、その2年前にピーター・テービスの「みのりの牧場」(熱心なファンたちの情熱がつくった「モリコーネ・クロニクル」でCD化)でモリコーネが行ったものとまるで同じというのは有名な話です。しかし、低予算でフルオーケストラを雇う余裕もなかったであろう当時の状況で、口笛や鐘、ギターなどでオリジナリティを確立したモリコーネの「楽器の特性をよく知っている」強みが十分に発揮されている名曲に変わりはありません(マニア以外は「みのりの牧場」なんて気にしないし)。トランペットのソロが理屈抜きでかっこいいテーマも、人気の高いナンバーです。川での虐殺シーンで、劇伴曲のメロディをボロンテが一緒に口笛で合わせるところなどに、監督と作曲家の信頼関係がうかがえます。

PINGUINO




Fotobusta
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Tuesday, December 26, 2000 11:28:10 PM