教育現場での出来事

 ☆このコーナーは、市教組の見解ではありません。組合員のつぶやきです。

2004年7月
ようやく今年、学校の遊具や校舎内のペンキ塗りが、業者の手によって行われることになった。教員は素人であり、錆の上に塗りたくっていたというのが現状で、市教組はこうした事態を放置しておくことは危険であり、従来より業者委託を要求してきた。他地区でも業者に委託しているところがほとんどである。運動場の防塵剤も昨年まで高学年の児童にまかせていた学校がある。危険な薬品であることの認識がないのである。さすがにこの学校では今年は業者がまいていた。プール清掃も、まだ、児童に行わせている。ぬるぬるの中での作業で、滑って転ぶこともあり、児童の安全面からも、業者委託への要求を強めていく必要がある。

2004年6月
今年になってにわかに集金の口座振替への動きが活発になってきた。もともとこうした集金の作業は教師の仕事ではなく、給食費などは市の仕事である。なんでもかんでも担任がやるという発想からの転換が求められている。
しかも集金事務のために1時間目に食い込むことが多い。これは児童の学習権を奪っているのである。また、集金をめぐるトラブルも多い。金額が合わなかったり、集金袋に入っていた金額がおかしかったり、紛失したり…。
こうしたことで一日のスタートが気まずく始まることもある。また、帳簿への記入の作業もある。もともと学級集金簿は法定表簿ではなく、他地区ではないところも多い。口座振替にあたって、こうした雑務を軽減することも大切である。

2002年9月28日(土)
 先日の報道によると、犬山市では、2004年度から市内小中すべての学年で30人学級にふみきるとのこと。本来は国や県がやらなければならないことを放棄して、そのうえ、自治体がすすめることに対しても渋い顔をしてきた県教委。
 その記事によれば、現行では、担任をできる教員を採用するのはこれまでは都道府県であったが、文部科学省も2004年度を目標に、市町村の予算であれば独自採用を認めるよう法改正する意向らしい。
 現在学校に配置されているのは、非常勤講師であり、この先生たちは、担任はもてず、しかも遠足などの行事には出られないし、夏休みなどは無給である。やはり、非常勤講師ではなく、正規教員と同じ勤務時間、仕事内容である常勤講師を採用すべきだ。
 しかも犬山で注目すべきは、現在担任を持っていない校務主任を、本来の教諭の仕事につかせる、つまり現在のように除草作業やペンキ塗り、廃棄物の管理をするのではなく、担任にするという。
 一宮市では市費事務職員や用務員を順次廃止し、校務主任にこうした本来の教諭の仕事ではない仕事をさせ、合理化を図ろうとしているが、教師として働き盛りの教育的力量を備えた人たちに、担任として活躍していただくことが子どもたちにとって、学校にとって、より学びやすい学校になっていくのではないだろうか。

2002年5月2日

☆一宮市内小学校でも男女混合名簿を採用する学校が増えてきた。しかし、現状では、保健関係の帳簿は、かえって教職員の事務作業を煩雑にするだけであり、受け入れられにくい状況を作り出している。保健関係の煩雑な部分を除いて、男女混合名簿を実施するか、または、市全体の保健関係の帳簿を男女混合に対応した形式のものにすることが先決であろう。もっとも、男女共同参画の意図は、名簿上の問題ではなく、女性の地位向上が主たる目的であることを話し合いの原点とする必要がある。そのためことさら男女別にする必要のないところでは混合にしようというものである。したがって下駄箱を混合にするとか、女男名簿にするとか、卒業証書を男女混合に渡すとか、帳簿上煩雑にならないところで実施することも考えていいのではないか。


2002年4月28日

☆一宮市内小学校の修学旅行が今年度から伊勢志摩地方に限定せず、各学校での裁量になりそうだ。市教組が長年校長会交渉で要求してきたことがやっと実現される。と言っても今年の行き先は昨年のうちに決めて手配してあるのでおそらく従来通りであろうが、来年度からは、京都や奈良あるいは、違うところになる学校も出てくると思われる。

☆ある学校では「ことばの広場」を採択しないそうである。学校現場に愛知県教育振興会の出版物が独占的に採用されているが、このことの不明朗さも従来から市教組が要求してきたことである。しかも出版物のみでなく、諸帳簿の用紙さえも教育振興会から買っているのである。この点も今年、時間割表を記入する用紙が各校で用意することになったようだ。1枚5円らしいが、昨年まで各担任に2枚ずつ配られていたから10円。各校20クラスとして1校あたり200円。県下何校あるのだろうか。1000校として20万円。こんな紙切れは各担任がすぐ用意できる。こうした不必要な用紙を公簿のごとく扱い、買わせ、書かせているのである。健康手帳もしかりである。保護者向けなら名古屋のようにプリントで知らせるなど他の方法もある。


2002年4月24日

現場は、困惑。
@かけ声ばかりの「基礎基本を大切に。」
基礎基本とは、「読み書き計算」だろうか。答えは、NO!である。科学的な体系に基づく学習であり、単なる計算能力や漢字が書けることではない。しかし、現場では、基礎基本と言えば、スキル学習として繰り返し練習させて習得させるものと考えている管理職のなんと多いことか。基礎基本とは、例えば、わり算とは何か?どんなときに使う計算なのか、これが理解できていないとただ計算だけできても何の役にも立たない。いつ使うのか理解できることがわり算の基礎基本である。

A少人数授業のために加配されてはいるが、打ち合わせる時間すらない。
B進度を合わせなければならず、かえって融通が利かない。

C「総合的学習の時間」が週に3時間も実施される。体験は重要だが、週に3時間も必要だろうか。そこへ英語やパソコンが入ってくる。理解がゆっくりな子にとっては、まさに学習の情報が流れてきてじっくり学ぶ時間がない。


2002年3月17日

 3月16日、組合内学習会で「各学校で来年度の教育計画がどのように進められようとしているか」を報告しあった。

A…時間割、評価、総合などの部会に分け、職員で検討している学校

B…職員会議を2〜3回持ち、教務から提案があっただけで意見を言っても聞き入れようとしない学校

C…まったく職員に知らせずにいきなり来年度になってから、即、実行しようとする学校

管理職の様々な対応が報告された。

授業を行うのは教師である。Cのごとく教師不在の学校があることは教師不信であり、校長の管理職としての資質が問題とされなければならない。

また、6時間目を増やそうとする学校もあるが、教育課程審議会答申は、以下のごとく述べている
「1週間の授業時数については、完全学校週5日制の実施になるが、その場合、月2回の学校週5日制がおおむね順調に実施されてきていることを前提に、児童生徒の学習負担を増加させないことおよび生活上のゆとりを確保することを重要なことと考え、月曜日から金曜日までの1週間の授業時数を現行以上に増やすことはせず、そのなくなる分の年間70単位時間(週あたりに換算して2単位時間)の授業時数を削減するのが適当である」

にもかかわらず、6時間目を従来より増やし、そのうえ、少人数授業までやらせようとしているのである。

ちなみに一宮市では、来年度、少人数対応(TTも含む)として県より非常勤で37人、常勤で4人、一宮市独自で緊急雇用対策として32人を採用する予定である。


2002年2月10日

 朝日新聞2002年2月9日付け17面「私の視点」

元中学校長の記事 「生きる力」は学校の責任か より印象に残った言葉

★学校は本来、体系的で系統的な学習を行う組織的、計画的な場である。生活を基盤とした家庭や地域の教育の可能性の広さに比べれば、はるかに限定的な教育の場だ。そこに「主体性」や「創造性」といった普遍的な目標を持ち込むことには無理がある。 

★現実的な問題として、新しい教育を行うための予算、教員数、施設はほとんど改善されていない。学校はこうして、人々の過重な期待と責任を負い、めまぐるしく変わる国の政策の犠牲になっているのだ。

★それでも学校はこれまで、限られた条件の下で教育の質を高める努力を払ってきた。多くの教師は、それぞれの教科の専門性を通して子どもたちを感化し、その生き方に影響を与えている。

★「教育改革」という看板を高く掲げて背伸びするほど教育の質は低下していく。


2001年10月31日

 最近いろいろな職場で、教務主任あるいは学校長から「基礎基本の習熟を」といわれることが多くなりました。来年度から新学習指導要領が実施され、内容が3割削減されるとか総合的学習の時間が小学校3・4年生で年間105時間、5・6年生で年間110時間も費やすことから、国民の間で「基礎学力は大丈夫か」の声が起きているからでしょう。この時間を1週間の時間に直すと、年間35週として3時間で、現在の体育や社会理科と同じ扱いと言えます。
 しかし、現場で行われようとしている、あるいはすでに行われている基礎基本の習熟とは、計算や漢字のドリルの反復練習であり、深い意味での基礎基本ではありません。
 基礎学力とは、奥が深いものです。算数では、四則計算ができることと考えられがちですが、例えば引き算でも3つの意味があり、その区別をつけることができる力が基礎学力であり、理解することによって具体的な場面で適応できるのです。その3つとは、求残・求差・求補です。たんに8−5=3ができるだけでは基礎学力がついたとは言えないのです。そうした深い意味まで理解するには、やはり時間がかかるのであり、かけなければいけないのです。新学習指導要領を発表した文部省は、「全員が一律に学ぶべき内容は削減するが、基礎・基本について、全員が確実に習得できるようくり返し、徹底した指導を行う」と一応は述べていますが、その保障はないのです。それもそのはず、基礎の中身をたんに計算力のみに置いているからです。  


☆2001年9月23日

30人学級が広がってきている
山形では「30人学級」を知事が決断 おもな都道府県独自の少人数学級

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秋田県 小学校1・2年で30人程度の学級編成
新潟県 小学校1・2年全授業を30人程度以下で実施
千葉県 生徒指導上困難な学校など小中学校21校で少人数の学級編成
埼玉県 県立高校17校の1年生で30人程度の学級編成
福井県 県立高校9校26学級で35人学級を実施
広島県 小学校1年で35人以下学級編成
愛媛県 小学校1年、中学校1年で35人以下学級編成
鹿児島県 小学校1年で35人以下学級編成
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一宮市で今年度の小学校1年を30人学級にするとして試算すると、24校分、期限付き講師を採用するとして、人件費が1億2240万円になる(市教委調べ)という。非常勤講師なら(これがいいとは思わないが)もう少し低い予算でできる。


☆2001年7月

少数の子どもが都知事と都教委の面子の犠牲になろうとしている

つくる会の教科書ごりおし採択に反対

 東京都教委が「新しい歴史教科書をつくる会」主導の扶桑社発行の教科書を都立養護学校の一部で採択する方針だ。この対象となっている学校は、知的障害と病弱児部930人だそうだが、実際にこの教科書を使うことが可能なのは20名だということだ。この児童達が、犠牲になろうとしている。
 まず、徐々にということか。
 これほど国民的な大反対運動が起きている悪評判の教科書を合格検定とした文部省の責任が問われなければならない。


☆2001年4月

2001年度、市内でも男女混合名簿を実施する学校がある

画期的な取り組みに期待

 2001年度、西成東小学校で男女混合名簿を実施する。男女平等教育の初めの大きな一歩としての名簿の混合、あるいは卒業式等での男女混合の名簿順、等々、期待したい。


☆2000年9月
フッ素塗布問題
フッ素塗布は、学校でやるべきことか?

数年前までは、教師も塗布作業を手伝っていた。← これは医療行為にあたるのではないか?そのため最近では、引率のみとなった?
 2、3年前から、教師は児童を体育館へ引率するのみとなってきたようである。しかし、隣の尾西市などではフッ素塗布は、学校では行われていない。
 今年の塗布の様子を見ていると、一人の歯科医ですべての児童の歯形の容器に装着していた。上の歯から下の歯へのうつしかえは、歯科衛生士(たぶん)2名、保護者(PTAの保健委員)2名で行っていた。
 1台で10人塗布できる機器を3台同時に使用し、児童30人が順に行っていた。1時間15分で300人以上の児童にフッ素を塗布したわけである。歯科医院で塗布を受けるとしたらこうはいかない。きっと、1時間15分では4、5人ぐらいだろう。
 なんと効率のいい歯科医療行為(?)なんだろう。
フッ素塗布に関する疑問をいくつか思いつくまま記してみる

疑問1
 どうして一宮市は、小学校で斡旋してフッ素塗布を行っているのか?

(学校保健法には、何の規定もないらしい)
(授業時間を削ってまで)
(紹介斡旋文書まで印刷して、全児童に配布して)
(場所までセットして)
(集金の代行までして、そのうえ担任に、学級集金簿に記載させる学校もある)
(養護教諭に多大な負担をかけて)

疑問2
 代金680円は、だれが受け取っているのか?

(680円の内、材料費は200円足らずである。残りは技術料等である。)
(材料を提供している業者は、材料費のみ受け取っているとのこと)
(歯科医師で塗布してもらうと1000円ぐらいかかるらしいが、もっと丁寧にやってもらえるらしい。)
(代金の振込先は、歯科医師会らしい)

疑問3
 フッ素塗布は、健康上、問題はないのか?
はっきりさせたいことばかりである。