組合結成十年を迎えて  
  執行委員長 徳田清孝

 組合が結成され十年経った今日、教育をめぐる状況は組合結成時と比べ激変しつつあると思う。それは、日本という国の政治・経済が大きく変わろうとしていることに起因していると思われる。
 自由競争の名のもとに、今日の日本経済は大きな構造改革を迫られている。当然、父親の勤務形態も変化してくるし、家庭のあり方や教育に対する考え方も変化している。単身赴任もあるが、父親が会社に拘束される時間が減り、子どもたちとよく接するようになったと思う。
 サイクリングに行ったり、サッカーやキャッチボールをしたりして、子どもと一緒に遊ぶようになった姿が日記の中によく登場してくるし、入学式に両親がそろって来る家庭も増えている。 しかし、そのような望ましい変化以上に、危惧されることが多くある。十七歳の犯罪をはじめとして、学級崩壊などマスコミをにぎわす話題は多いし、子どもの問題行動は身近にいくらでもある。
 先日も妻が、美容院を経営している中年の女性からこんな話を聞いてきた。
「うちにはよく子どもが遊びに来るのですが、最近の小学生はどうなっているんでしょうね。悪い事をしたら、私はどの子も平気でしかるんです。夕方になると帰すのですが、いつもなかなか帰ろうとしない子がいるんです。
 その日も『もう帰らないかんよ。』と言っていたら、めずらしく父親が迎えにきたんです。父親が『帰ろう。ナイターに行くぞ。』と言ったら、その子は何と言ったと思います。『うるせえ、帰らん。』と言うのです。父親が『今日はお母さんも一緒に行くから家には誰もいなくなるよ。』と言っても『うるせえ、勝手に行け。』ですよ。あきれて言葉が出ませんでした。どう思います。」
 私は、この話を聞いて、しつけや言葉遣いの問題ではなく、父親と子どもの関係が、断絶に近い状態になっているのを感じた。親といっしょにナイターに行くのは嬉しいはずである。それを拒否するという子どものすさんだ心に対して、何をしてあげられるのだろうと考えると、暗い気持ちになる。
 学校は、子どもたちが問題行動を起こしたとき、親に家庭で注意してほしいと依頼することが多いが、このような子どもの場合、家庭でもどうしようもないのが現実ではないだろうか。親自身が、どうしてよいかわからなくて困っているのではないだろうか。
 問題児と言われる子どもが、教師や大人、周りの子どもたちにひどい行動を取ることがある。それは、子どもが助けを求めるSOSである。面と向かって、助けてとは言わない。荒れ狂い、ツッパリ、切れて、問題行動を起こして助けを求めるのである。そんな時、いかに彼らを受け止めフォローするのか、それが公教育や社会の責務ではないだろうか。
 国が、子供たちに対してどのような政策をとろうとしているのか。それが、解決になるのか見ていきたい。
 第一に、少年法の改正問題がある。国は、厳罰主義で対処しようとしている。しかし、これは直接少年犯罪に関わっている多くの識者が指摘するように、かえって子どもたちの悩みや悲しみを深める結果になる可能性が大きい。競争社会の中で、他人との連帯や共感、すなわち喜びや悲しみを共感できずに育ってきた子どもたち。十七歳にしてまだまだ未成熟である子どもたち。その子どもたちが問題を起こしたときに、厳罰に処しても問題が解決するわけではない。
 第二に、森総理の私的諮問機関である教育国民会議がいくつかの提言をしている。その中に、高校教育の中で、すべての生徒が泊り込みで一年間の奉仕活動をするよう提案している。子どもの苦しみを救い、問題を解決するというより、滅私奉公的な一方的な道徳観を植え付けるためのような、さらには、徴兵制にも道を開きかねない可能性を含んでいる。おりしも、戦争の悲惨さを隠した教科書を作り、採択を働きかけている政治的な動きもある。
 第三に、指導要領の改定である。この中に、総合的学習が、学校改革の切り札として提案されている。これとて、問題解決の処方箋になりはしない。そればかりか、基礎学力さえ危うくするものであることは、すでに行なわれている数々の実践で明らかになっている。
 総合的学習の時間では、個性を大切にとか、能力や興味や関心にもとづき、課題を解決する力をつけるということで、一人ひとりが、課題を持ち調べ学習を行い、その後、ポスターセッション風に発表する、というものが多い。基礎学力の付いている子どもは、それでいいかもしれない。しかし、基礎学力が不足している子どもは、四十人学級の中では十分な指導もうけられず、発表のときなどその子の能力にあった役割として、パネルを持つなどの役を演じさせられるのである。
 教育委員会は、基礎基本を大切にと言ってはいるが、実際教育現場でなされていることは、総合的学習のために、基礎基本を身に付ける時間は削られるだけ削られ、基礎基本を教えるための特別な取り組みや研究は、何もなされていないのが現状である。家庭的に恵まれない子は塾にもいけず、親にも教えてもらえず、基礎基本もなかなか身に付かない。
 ゆとりの教育として、授業時間数が減っても、また教育の多様化として、複線型の教育制度にしてみても、子どもを競争させ、振り分けていく教育制度に何ら変わりはない。生活科や総合的学習が入り、一見楽しく取り組んでいるように見えても、子どもたちは競わされている。同じコースを走らないだけで、いろんなコースに振り分けられ、走らされている。子どもたちは敏感にそのことを感じ、ストレスを増大させている。また、親たちは学校教育だけにまかせられず、塾にも行かせる。競わせ振り分けている教師自身もやるせない。
 不登校の増加も、そのことと無関係ではあるまい。一宮市においても、平成十年度には年間三〇日以上欠席した不登校児童が、小中あわせて三百八名もいる。これは、約一校分の子どもたちに相当し、ゆゆしき事態である。
 今日の子どもをめぐる状況は多様化している。親の価値観も考え方も育て方もさまざまである。厳しいしつけを重んじる親、子どものいうがままになる親、まず勉強第一の親、勉強より遊びや友達が大切と思う親。通っている塾ひとつをとってみても、バレーやサッカー、スイミングに野球・ピアノ・習字・絵画・そろばん・英語・公文などバラエティに富んでいる。
 小学校入学時から、学力もしつけも多様な一年生を、今のまま四十人学級にしておいては、一人ひとりを大切にする個にあった教育はできない。とりあえず、三十人学級を一日も早く実現することが望まれている。

  私たちの組合は、今から一〇年前、当時の花木教育長の横暴かつ非民主的な教育政策に異議を唱え、教職員の利益を守り、子どもを大切にし、教え子を再び戦場に送らない教育、一人ひとりの人格の完成を目指す、という教育基本法に根ざした教育を、実践しようとして結成した。
 組合員は少ないけれど、私たちの政策は、多くの父母・市民の共感を得、毎年行なっている「一宮の子どもと教育を語るつどい」では、五〇〇名を越える人々が参加してくださっている。職場の中でも、励ましの言葉やカンパなど、有形無形の支援に支えられ、私たちの活動は成り立っている。しかし、支援してくださっている多くの方々の要望に応えるには、質量ともに、さらに組合が発展することが望まれている。
 組合が出来てから、一宮の教育も変わってきた。しかし、それは私たち組合の力だけではない。多くの人々の願いであったからこそ、実現できたものだ。また、当然のことながら、私たちの道理ある指摘に対して、行政当局が納得せざるを得なかったからこそ、実現してきたものだと思う。組合が出来て十年たったこの節目に、今一度、市民や子ども達の要求に耳を傾け、新しい組合を作るのだという気持ちを持って出発したい。
 
 最後に、組合十周年を迎えたこの年、私たちの組合の執行委員として活躍され、子どもたちだけでなく、私たちに多くのことを教えてくださった大久保紀子さんが、今年十月に永眠されました。心より哀悼の意を表します。