日本酒とは

米から作った醸造酒のことで、清酒のことを言う。焼酎と共に日本古来の酒であり、酒と言えば清酒を指すくらいに日本人には親しまれている。
ところで、江戸時代頃の日本酒は味醂のように甘かったようである。 甘いものがあまりなかった時代にあって、日本酒の甘さは格別のものだったに違いない。

 三倍醸造

そんな日本酒も第二次世界大戦を機に間違った方向に向かうようになる。物資が不足し、米を無駄にしてしまう日本酒は存亡の危機に立たされた。そこで考え出されたのが三倍醸造の技術である。これは雑穀から作った食用アルコールを、原酒1に対し2倍添加したもので、一升の原酒から三升の日本酒を製造することができた。物資がなかった頃にはたいへん重宝されたようである。

日本酒氷河期

しかし、日本酒の悲劇はその後も三倍醸造を繰り返してしまったことにある。効率の良い三倍醸造は機械化により値段も安くなり、ますます広く普及するようになっていった。その結果、品質の良い酒を造り続けていた小さな酒蔵は大手酒造メーカーの傘下に置かれるようになり、一定の品質を保ってはいるが、魅力に乏しい日本酒が全国に広められていった。

酒の等級制

さらに不幸だったのは、国が酒類を特級、一級、二級といった等級に分けて税金の管理をしようとしたことである。特級に、より多くの税金をかけ、二級は税額を少なくした。消費者には公平な方法であったが、これにも問題点があった。一定量の酒を生産しなければ特級・一級の鑑定会に参加できなかったのである。つまり、小さな酒蔵は、いくらすばらしい酒を造っても特級酒として認定してもらえないということなのである。小さな酒蔵は大手酒造メーカーに酒を上納する、下請け業者となるくらいしかなかったのである。しかし、そこには、より良い酒を造る気持はなくなり、いかにコストを削減するかに神経をすり減らす酒作りが始まるのである。

二級の値段で超特急酒

小さな酒蔵が経営に苦慮していたのとは裏腹に、賢い消費者は二級の価格で特級酒以上の酒にありつくことができたのもこの頃である。特級・一級に必要な量の酒を生産できない酒蔵は二級の税率で優秀な酒を提供してくれた。密かな地酒ブームであった。

酒税法改正

1988年、酒税法が改正され級別が廃止された。その後の日本酒の隆盛ぶりを見ても、これがいかに悪法であったか推測がつく。ここに天下の悪法と大手酒造メーカーによる酒の乱造に終止符が打たれるのである。

大吟醸酒

大吟醸酒の精米歩合は50%以下と定められている。精米とは、米粒のまわりを磨き上げ中心部分だけにすることであり、残った中心部分が50%以下ということである。この精米した米を洗い、炊いて酒として仕込んでいくわけであるが、ここまで精米した米はもろく壊れやすいものであるため細心の注意を必要とする。通常は40%程度まで精米した米を用いて仕込むのであるが、その結果できあがる酒には、吟香と呼ばれる鮮烈な芳香を持った酒が生れる可能性を秘めている。

大吟醸の弊害

精米で40%まで持っていくには通常の米では小さすぎるため、酒造好適米と呼ばれる米を使用する。一番良く利用され、最も高価なのが『山田錦』である。価格は、『こしひかり』の数倍はするはずである。『山田錦』を使って作る吟醸酒は確かにすばらしいものが多い。しかし、ただでさえ高価な米をさらに精米して作る大吟醸は多大なコストを必要とし、米の表面は半分以上が削り取られて捨てられていく。大吟醸を作っていたのでは蔵がつぶれるとして、吟醸酒作りを禁じている蔵もあると聞いている。このように高価な米を使い、通常の酒の何割かしか生産できない大吟醸は果たして正常な進化と言えるのかどうか難しいところである。


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