アッサムへの旅の写真日記



 6月14日から20日までインドに行ってきました。代休がたまっていたので急遽旅行を決めたので、ドタバタ、アタフタと夫婦二人で弥二喜多旅行になりました。1995年にダージリンに行ったので、今回はアッサムに行こうと決めたのですが、日本語のガイドブックにはほとんど情報が載っていません。インド大使館に問い合わせてみると入域許可は要らず普通のビザで行けるとの事、でもインド政府観光局にも英文の短い資料があっただけでした。Yahooのアジア版で検索したassamtourism.comでも茶園より動物園やゴルフコースがお勧めになっています。外務省の渡航安全情報ではカルカッタからオリッサ州を抜けて陸路アッサム州に入るのは紛争地帯で危険とありますし、列車の旅は時間がかかりすぎるので空路を選ぶことになります。lonely planetの英文のガイドブックを片手に計画をたてました。lonely planetの"India"を選んだ理由はちゃんとインド専門のライターが書いていることと、更新情報用のサイトを持っているからです。比較的わかりやすい英文です。この本でも完璧ではありませんが、この本を読めるくらいの最低限の英語力はないとインドの個人旅行は難しいと思います。アッサム州には油田があるそうでアッサム州最大の都市ガウハーティーには高級ホテルも3軒あります。ティーボードもオークションセンターも大学もここにあります。蚊が多いので日本脳炎やマラリヤに注意との事で、携帯用の蚊取りや虫避けスプレーを買いこみました。服装も長袖や長ズボンが安心との事です。でも、幸いにも今回はほとんど蚊に刺されませんでした。

 エア・インディアがカルカッタ発着の国際便の就航を取りやめたので、シンガポール航空で行こうと決めたのですが、シンガポールからインドの各都市行きが空席が少なく、名古屋-シンガポール-デリー−ガウハーティー-カルカッタ-ボンベイ-シンガポール-名古屋と寄り道の多い旅道になってしまいました。日にちが迫っていたこともあり、国際線のチケット、デリー、カルカッタのホテルのバウチャーは受け取りましたが、国内線の飛行機は予約のみ、ガウハーティー(Guwahati)のホテルは自分で予約をしました。

6月14日(水)前日深夜までかかって荷造りをし、朝早く起きて10:20名古屋空港からシンガポールに向けて旅立ちました。シンガポール空港では5時間過ごしましたが、疲れていたのでコーヒーを飲んでロビーでぼんやり過ごしてしまいました。ここはモバイルPCを持参していればインターネットに接続できるブースもあり、インターネットカフェも盛況のようでした。
 シンガポールからデリーに向かう便ではアメリカ人の若者のグループのほかはほとんどインド人ばかりになりました。デリー到着直前にスチュワードが頭上からルームフレグランスのスプレーの洗礼を受けました。深夜デリー空港に着くとファックスで依頼していたホテルの車が迎えに来ていました。ここで帰りの航空券をリコンファームしたいのですが、空港のカウンターのコンピューターが稼動しておらず、できないと言われてしまいました。不安な旅の始まりです。円からルピーに両替すると1ルピーが2.5円でした。1995年の時は3円くらいでしたので1万円でも使いでがありそうです。小さいお金は10ルピー札しか貰えませんでした。チップ用の2ルピーや5ルピーの調達はどうしましょう!!空港の外でベンツやランクル100の新車を見ました。さすがデリー、お金持ちがいるようです。

 インドのタクシー事情はトラブルが多いと友人からも聞いていました。日本の旅行社では空港からホテルまで安全なタクシーとして大都市のタクシーを1人6,000円、2人8,000円で予約してくれるシステムがあります。でも、貨幣価値が日本の1/25〜1/30のインドでは大変な金額になってしまいます。そこでホテルCentuarに直接尋ねてみたところ、ホテルのプライベート・カーで迎えに来てくれるとのことでした。翌朝の空港への分とあわせて550ルピー請求されました。これがとんでもない食わせ者で、ホテルの従業員が支配人の名を語り、自分の親しいタクシー運転手と組んで法外な金額を請求したのです。何故なら、後で知ったことですがホテルから空港までは無料で送ってくれるシステムがあるからです。ホテルも空港に近いホテルだったのでプリペイドタクシーに乗れば100ルピーもしなかったはずです。

6月15日(木)ホテルでイギリス風の朝食を食べました。紅茶は予想どおりあまりおいしくありません。でも、コーヒーはネスカフェなので、なおさら期待できません。昨日の運転手が迎えに来て、空港に行きました。デリーは国際線と国内線のターミナルが離れています。国内線の航空券は予約下だけなので、ここで全てのチケットを受け取らないといけません。カウンターで説明しているとアヤシイ男たちが近づいてきて、ここではチケットが買えないので市内のオフィスによるべきだとうるさく言ってきました。危うく連れて行かれそうになりましたが、車がタクシーだったので、また無知な日本人を騙そうとしていると気づき、カウンターに戻って、粘り強く説明し、チケットを受け取りました。空港の中に入るのは色々チェックがありますし、警官も多いので先ずは一安心です。大きい荷物を預けて、小銭欲しさに土産物店をうろうろしても、ガムやキャンディーも値上がりしていて、小銭を得られそうにありません。ネスティーのカウンターでチャイを飲むと1杯5ルピーなので5ルピーが得られそうです。注文すると小さいプラスティックのカップにブルックボンドのタージマハルブランドのティーバッグとお湯と砂糖入りミルクを入れてくれます。これが飛びきり甘いのです。紅茶もグレードが低くおいしくありません。別のところにちょっとしたカウンター形式の軽食店があったので、ここでも紅茶を注文してみると金額は3倍もするのに全く同じティーバッグがやや大きい紙コップで出てきました。ようやくセキュリティーチェックのアナウンスがあり、手荷物、身体検査を男女別に受け、待合室に入りました。アナウンスはヒンズー語とヒンズー訛りの強い英語でサッパリわからないので、電光掲示を見ていなければいけません。航空券は半券を手でちぎって、はんこを押してもらいます。滑走路のタラップまでトボトボ暑い中を歩いて行きます。手にポスターを巻いたものを持っている人を見かけましたが、それにも手荷物のチケットをつけ、チェック済みのはんこを押してあったので驚きました。インド人は順序正しく並んだりするのは苦手なようです。我勝ちに押し寄せるのでグランド・ホステスは1列に並ぶように何度も注意していました。

 ジェット・エアウェイズの飛行機でガウハーティーに向けて出発しました。機内のアナウンスが2種類の言葉で言われいるのですが、サッパリわからないのでヒンズー語とアッサム語かと思っていたら、片方は英語でした。愛想の良いスチュワードが配る機内食は鶏のインド料理とベジタリアン用インド料理の2種類です。機内では回りのインド人はやたらわがままで、気流の関係でシートベルト着用のサインが出ているのに歩き回って、注意されたりしています。日本語で書かれた本でみるとアッサムに行くと見渡す限りの茶畑と書かれているのに、飛行機の窓から見えたものはまぎれも無い広大な田園地帯、水稲の田んぼと湖のように広大な川ばかりです。”茶の木はどこ?”、”油井はどこ?”椰子の木やバナナ、ジャックフルーツの木が無ければ日本の田舎と変わりません。広大な川はブラーマプトゥラ川と言い、ガンジス川の上流で、川幅が1.5km以上あり、対岸が霞んで見えます。雨季でもありカフェオレ色の水がとうとうと流れていました。対岸へはフェリーで渡るそうです。

 空港に降り立った外国人は私たちの二人だけでした。蒸し暑く空気がねっとりと体にまとわりつきます。タラップを降りて、イミグレーションと書かれたボックスにいたおじさんにパスポートを見せ、宿泊先と出発日を告げると古ぼけたノートに書きこんでいました。それから、プリペイドタクシーのブースで行き先を告げ、手数料10ルピーを支払い、残り250ルピーを運転手に渡すように言われました。紙に書いてある車番を確認してタクシーに乗りこむと間もなく車が故障したので別の車に乗り換えるように言われました。故障と言ってもハンドルの遊びが大きすぎるだけのようです。アヤシイので乗換えを拒否しましたが、新しい運転手に250ルピー渡せばよいと言うので、渋々乗換えました。そんなこんなでホテルまで50分位かかりました。道路から見えるのも水田、畑、農家ばかりです。牛もとぼとぼ歩いていました。宿泊先は政府系ホテルのブラーマプトラ・アショクです。ここはlonely planetのガイドブックにメールも使えるかもしれないと書いてあったので、ファックスで住所・氏名に添えてメールアドレスも書いて宿泊の申込みをしたらメールで返事が来ました。そこで料金を確認してメールで正式に申込みました。ガウハーティの町は道がでこぼこで、道端に泥やゴミがたまっていますが、失業者や物乞いを見かけず、貧民も道路工事やゴミ拾いなどで汗水たらして働いているのに将来性を感じます。ホテルに着いてタクシーの運転手はチップを待っていましたが、アヤシイ行動に納得がいかず、250ルピーだけ渡しました。

 着いた日は休日(!!)だったので、茶業関係者とは連絡がつかず、また産地とは190kmも離れていると言うのです。休日とはそれまでどこにも書いていませんでした。そこで、フロントのお姉さんの計らいで勤務明けのホテルの従業員ビピンさんの案内で活気に満ちた繁華街を見て回りました。ガイド料も要らないと言います。ちょっとしたお礼だけ渡しました。喫茶店にも入り、甘〜いチャイと半端でなく甘〜いミルクのお菓子を食べました。実は私はあまりの甘さに一口でギブアップしたので、ビピンさんは気にしていました。歯にしみるほどの甘さは神戸や東京の有名なインド料理店でもお目にかかったことがありません。それから、道端で売っているグリーンマンゴとプラムをビピンさんに選んでもらってホテルで食べました。これが本当においしくて、ご機嫌でした。

 夜はホテルのレストランで食べました。夕食は7時からです。以前カルカッタに行ったときに食べた料理とアッサム特有の魚料理を食べまし。魚は白身の魚で川魚と言うのにかなり大きな切り身で甘酸っぱいトマト煮と言うことでしたが、唐辛子もきいていました。ナンなどを頼むとおまけのようについてくるジャガイモとグリーンピースのカレーが結構気に入りました。タンドリ・チキンはスジがあり固くて閉口しました。マサラ・クルチャは辛かったのですが結構いけるお味でした。9時過ぎに幼児を連れた家族連れが来て、驚きました。日本のよいこならとっくに寝る時間から晩御飯を食べるのですから。

6月16日(金)朝食はルームサービスのメニューにアッサム・ティーを見つけ、果物とマサラ・ドーシャを頼みました。紅茶はアメリカン・コーヒー位濃い色合いで味も昨夜のレストランの紅茶よりは値段が高いだけのことはありました。ホットウォーターも魔法瓶で来たのではフリーズドライのおかゆも作ってしまいました。

 それから、親切なホテルのフロントの人たちの骨折りと、私たちの情熱が通じて紅茶関係のVIPに会っていただき、町から一番近い(車で片道45分)茶園を一軒紹介してもらい、見学してきました。タクシーの運転手は英語がわからず、ガソリンも市内走行分しか給油していないので、スタンドに寄りガソリン代を立替えて払い、領収書ももらったのだが、タクシー会社が本来返すべきガソリン代を返してくれなかった。

 Sonapur茶園の茶畑には大木が点在していて、涼しい木陰を作っていました。ダージリンの茶畑には木は無く、スリランカでも申し訳程度にしか植えられていませんでした。でもアッサムでも標高の高いところでは木の本数は減るそうです。平地にあるこの茶園では大規模な茶園ではないそうですが、見渡す限りここの茶畑で充分広大です。木は全て挿し木苗だそうで、葉の大きいアッサム種でした。テイスティングもさせてもらいましたが、マネージャーはこの茶園は標高も低く地質も紅茶向きでないし、ピーク・クウォリティーのお茶が7月から8月末にかけてなのであまり良質の紅茶ではないと謙遜されました。ここのお茶はディンブラをほうふつさせる甘味もあり飲みやすい紅茶でCTCであっても決して悪くはありません。最高の茶園でとれる最盛期のアッサムは一体どんな味なのだろうかと思いました。茶園の外に屋台に毛の生えたような店が道の両側に並ぶ小さい商店街があり、魚の片身や肉の切り身を売っていました。もちろん保冷設備はありません。ハエを手で払いながらの商売です。

 ところで、この茶園から町までは峠を一つ越えるのですが、ここに夜間山賊が出るそうなのです。噂によるとバングラデシュから流入した難民が武装していて、山賊化しているので安全のために日が暮れる前に必ず町に戻ってくるようにと念を押されました。この町には軍の施設も多く、小銃を持った兵隊さんを後ろに乗せた車がたくさん走っていて、ちょっと緊張しました。無事にホテルに戻り庭からブラーマプトゥラ川の対岸の山に沈む夕日を見ました。悠久の大地という感じがしました。

 夜にアッサムのVIPが”普通のアッサム人の生活を見せてあげよう”とホテルまでスズキ・マルチのワゴン車で迎えに来てくれて自宅に招かれました。そして自慢の息子たちや親戚を紹介されました。長男は高校生ぐらいですが、優秀でパソコンを自分で組立てて売ってお小遣いを稼いでいます。次男はテニスが上手だそうです。以前ウィンブルドンで日本の女の人と混合ダブルスで好成績を上げた男性はインド人だったのを思い出しました。三男はまだ甘えん坊の坊やです。親戚の女の子はほっそりしてとってもかわいらしい顔立ちでした。VIPの妹さんは学校の先生で息子はデリーの大学で建築を学んだそうです。甘味のあるパン、とてもおいしいフライドポテト、ゆで卵のスパイス炒め、日本的な味のツナの料理の夜食をご馳走になりました。インドのジャガイモは本当においしい。ツナの料理も温かいごはんにあいそうな味付けでした。有名なムガシルクの花嫁衣裳も見せていただきました。ムガシルクは黄金に輝く繭からとれるとそうですが、やや黄色みのかかった輝く生成り色で、赤い糸で手の込んだ模様が織り込んでありました。同じデザインで木綿で織ったものをお土産にいただきました。一角犀で有名な動物園を見に行かなかったのはヒンシュクものでした。

 犀は今朝、博物館で剥製を見ました。博物館には鰐の剥製やたくさんの仏像、神像のレリーフを見ました。アッサムの昔の暮らしのジオラマはおもしろかったのですが、館内はエアコンが無いので蒸し暑く、ほこりとカビの匂いで充満しているのには閉口しました。アッサムには顔立ちが日本人に似ている人も多く、ヒンズー語はあまり通じないようです。英語もかなり訛っていて何度も聞き返したりしました。でも、親切な人が多く、アショクホテルではメールも使えるし、電話がなかなかつながらないのと停電が多いのとタクシー以外は本当に良い印象でした。でも、ここでもコンピューターがダウンしていてリコンファームはできません。

6月17日(土)今日はカルカッタに向けて出発する日です。旅の荷造りをしているとビピンさんがやって来ました。以前案内した日本人がチップにくれた500円玉2枚を持っています。外国の硬貨はスイス以外では換金できないと聞いたことがあります。かわいそうなので千円札に換えてあげようとすると、パスポートを持っていないので、外貨をインド通貨に換えられないと言うのです。ルピーにすると400ルピーです。500ルピー札しか持っていないと言うとフロントかどこかに走って持っていき100ルピー5枚と換えてきたので、400ルピーを渡しました。現地の貨幣価値では1万円以上は充分あります。これは彼にとっては結構な収入です。大喜びで帰って行きました。

 チェックアウトを済まし、お世話になったフロントのお姉さんに心からお礼を言いました。ロビーのイエロー・キャブというタクシー会社に空港行きを申込みました。行きより100ルピー高い350ルピーを請求されました。帰りは空車で帰るからというのだが納得がいかず、5分くらい抗議したが値段は変わりませんでした。昨日のガソリン代といい、腹の立つ人たちです。45分で飛ばして行きました。
 空港で搭乗手続きをしていたらイミグレーションにいたおじさんがノートを持って確認にやって来ました。何か暢気な感じだが外国人は私たちだけのようです。荷物は3回チェックするので国内線でも1時間半前に行かないといけません。まずスーツケースをX線検査のレーンに通して封印してもらい、インディアン・エアラインのカウンターに行き、スーツケースを預けました。それから手荷物の検査と男女別に身体検査をしっかりされ、体中さわりまくられました。それから、待合室で案内があるまで待ちました。アナウンスで貨物室に積みこむ荷物がどれとどれか確認させられました。搭乗案内で飛行機まで滑走路を歩いて行くのですが、タラップの手前でもう一度身体検査がありました。女性用には簡単なついたてが用意されているのですが体を隠すには不充分な大きさです。ようやく飛行機に乗りこみました。インディアン・エアラインズは国営だけあって、無愛想なスチュワーデスが投げるようにジュースを配って行きます。1時間のフライトなのにベジタリアンの軽食もでました。機内はエアコンが充分過ぎるほどきいていました。

 カルカッタの空港でとにかく、帰りの国際線のリコンファームをしなければいけません。国内線と国際線のターミナルが隣接しているのでとりあえず、国際線のターミナルに入場料を払って中に入ると国際線は夜間発着なのでシンガポール航空のオフィスは締まっていて電話番号が書かれていました。公衆電話のかけ方がわからないので売店のおじさんに尋ねるとお店はそっちのけでお金も両替してくれて、電話はかかりにくいからと電話番号を見てつながるまでやってくれました。航空会社は予約がキャンセルになっていると言いましたが、デリーでもガウハーティーでもコンピューターのトラブルでリコンファームできなかったと泣きそうになりながらしつこく訴えると了解してくれ、リコンファームは終了しました。お礼のかわりに売店で日本でも有名なダージリンの茶園の紅茶を買いました。

 プリペイドタクシーのことはすっかり忘れていたので、ターミナルの外のタクシーに料金を確認してすると100ルピーだと言われました。ホテルまで1kmなので高いと思いましたが、人と約束があるので乗っていくと降りる時に一人につき、100ルピーだと言います。頭に来たので、こんなに近いのに騙されないと言いあっていると”山口さんか?”とたどたどしい英語で尋ねるおじさんが来たので、タクシーは100ルピーであきらめて走り去りました。慌しくチェックインを済ませて、ロビーに戻るとエアコン付の車で約束の知人に会いに行きました。今回の旅の中で一番快適な車です。インド人らしく我勝ちにクラクションを鳴らして走る道をちょっと恐いなと思いながらぶっ飛ばして行きました。

 相手はメールでしか付き合いが無かったので、びっくりするお金持ちで、夜はパークホテルという帝国ホテルのようなぴかぴかに掃除が行き届いたホテルのレストランでご馳走になりました。ここのメニューは他所の10倍くらい高いのですが、ダージリンを注文して出てきた紅茶がドアーズで不味かったので、インド人と3人で怒ってしまいました。ここには土曜日だけディスコが開くそうです。BWMも見ました。

 1995年に訪れた時は一日中街中に突っ立って、ぶらぶらしている失業者や物乞いが多く、町はゴミだらけでした。信号も2つくらいしかなく、町のあちこちで自動車と電車の事故もあり喧騒の町という感じでした。その頃と比べると信号が増え、交差点には交通整理の警官も立ち、交通事故を見かけませんでした。ぶらぶらしている人や物乞いも減りました。随分豊かになったようです。選挙のポスターや横断幕を見ました。

6月18日(日)ホテルのフロントに前夜頼んでおいた無料のタクシーで空港に行きました。またウンザリするセキュリティーチェックを受け、待ち時間に売店で缶入りの紅茶を買ったところ、それは手荷物で機内に持ち込めないと言われました。ナイロンの手提げに入れたまま荷物室用の荷物として手続きをしなおしました。そして、朝早い便でムンバイ(ボンベイ)に向かいました。ムンバイの空港は国内線と国際線が離れています。国際線の登場券を見せると国際線のターミナルまで無料のバスで送ってくれます。ストレスの多いタクシーに乗らないで済むのはありがたい限りです。ターミナルから外に出るとポーターやらタクシードライバーがうるさいのでバスが到着するまでターミナルの出口で待っていました。

 ムンバイの空港では、今夜遅い便でシンガポールに向けて出国するので、荷物や町までのタクシーの乗り方など空港の管理官に質問に行きました。荷物は手荷物あずかりに預け、タクシーで2時間の半島の先端部の街まで行けばよいといわれましたが、”デリーでも、ガウハーティーでも、カルカッタでも、タクシーの運転手に騙されたので、長時間タクシーに乗りたくないので、もっと空港から近い繁華街でお土産の紅茶を買いたい”としつこく言い張ると、町の名前と紅茶屋の名前を書いてくれ、所要時間を教えてくれました。スーツケースを預け、プリペイドタクシーのカウンターで料金を払い、タクシーに乗りこみました。でも、この運転手も道を間違えて50ルピー余分に払えと言い張ります。わざと間違えてるのは明白なので”高すぎるのでそれは払えない”と言い続けていたら、追加30ルピーで諦めて走り去りました。

 ヴィーレ・パレ駅の周囲は活気に満ちた文字通りの繁華街になっています。果物や野菜の屋台も多く、どれもおいしそうです。紅茶屋さんは清潔でモダンな店構えでした。高価なOPから庶民的なダスト、ティーバッグなどを売っています。見ているとホテルダストを最高として数種類あるダストの紅茶を100g単位で買い求めて行くようです。紅茶の生産量と輸出量の統計を見ているとインドでは年々国内消費が増えてきているようですが、国内消費は相変わらずグレードの低いものに限られているようです。

 テラスもあるカフェ風のお店を見つけたので、昼食をとろうと中に入ったところ、奥のエアコン付の部屋に通されました。メニューを見るとインド人が考えるおしゃれなヨーロッパ風のメニューが並んでいます。隣の若い女性たちはピザもどきとコーラか何かを注文していました。ペーパードーシャとボンベイ風の焼き蕎麦、スイカ、パイナップル、ネスカフェを注文しました。マンゴはクリームシェイクのようなものしか無いと言われました。ドーシャは大きくてパリパリに焼いてありびっくりしました。焼きそばは細いうどん状の柔らかい麺をピーマン、たまねぎ、にんじんの繊切りと塩胡椒で薄味に炒めてあり、くどくなくておいしいものでした。ネスカフェは温めた牛乳にインスタントコーヒーを振り入れたもので、コーヒーが溶けきらずに底に沈んでいました。ガイドブックの地図を見るムンバイには市内列車が3本走っているようです。このレストランで聞いてビレパレ駅からフォートと言う街まで行ってみることにしました。始めはタクシーに乗れば簡単だと言われましたが、”何度もも騙されたので絶対に乗りたくない”と言い張るとファーストクラスに乗れば良いと教えられました。

 ビレパレ駅に行ってみると切符売り場は現地語で書かれていて途方にくれていると、イタリア系アメリカ人らしき若者が”英語がちょっとしかわからない日本人観光客みたいですね。終点まで乗ってリキシャに乗れば簡単にフォートに行けますよ。電車の向きは指差す方向ですからね。”と親切に教えてくれました。切符を買って、駅の階段を上がっていくとホームが何本もありどこに行けば良いのかわかりません。モダンな格好の女の子に尋ねると自分たちも同じ線に乗るからと連れていってくれました。駅には改札がありません。ようやくファーストクラスと書かれた車両に乗り込むとドアが無く、素通しで、コンパートメントに分かれていて、となりの車両に移ることができません。そのせいか検札にも来ません。窓には格子がはまっており、天井に扇風機が回っています。各駅停車の旅が始まりました。乗客は中産階級という感じです。鈴なりのセカンドクラスとは違い中はすいています。でも乗降口のバーにつかまっている方が涼しいせいかずっと立ちっぱなしも人もいます。出口にも改札はありませんでした。

 終点のチャーチゲート駅を降りたってリキシャ乗り場を探しながら、植民地情緒豊かな建物を見まわしているうちに、フォートに着いてしまいました。露天の本屋でコンピューター・プログラムのマニュアルを売っています。Windows200、Perl、Javaなどが売られています。紅茶を買いすぎてお小遣いが足りなくなったので、CitiBankで預金を下ろすことにしました。何と500ルピー札ででしか出てきません。お店で500ルピー札をだすと偽札かどうかチェックするし、タクシーだとおつりが無いといわれるような高額紙幣です。ガードマンが一人いました。エアコンがきいていて蒸し暑い屋外に出ていくのがためらわれました。エンポリウムでお土産でも買うつもりでしたが日曜でお休みでした。ホテルかレストランで安全な飲み物が飲みたいと思って探しまわっていると、マクドナルドを見つけました。冷房のきいた室内席は満席でした。屋外席も掃除が行き届いていてインドとは思えません。ハンバーガーはベジタリアン用とノンベジ用に別れていて、インディアンベジーはカレーコロッケとレタスマヨネーズを挟んだもので日本人には向かない味わいでした。ビッグサイズのコーラを飲み干し、コーヒーを追加するとやはりホットミルクにネスカフェをとかしたほとんどコーヒー牛乳のような物でした。

 帰りはやはりタクシーに乗りたくなかったので、壮大なヴィクトリア・テーミナルから空港に近いアンデリ駅まで行くことにしました。市内列車と長距離列車の駅が併設されていてどのホームから乗れば良いのかサッパリわかりません。切符は2等車は5ルピーなのにファーストクラスは56ルピーです。ちなみに女性専用車両ですと25ルピーです。途中乗換えが必要とのことで列車の運転手に尋ねると乗換え駅と乗換え駅までの所要時間を教えてメモに書きとめてくれました。でも実際は乗換えは2回必要で乗換え駅が見つからず、車内やホームの人に尋ね尋ね行きました。窓に鉄格子がはまった車内は暗くて暑くて時間のかかる各駅停車の旅でした。携帯電話を持っていたり、金縁めがねか革靴を靴を履いている人に質問すると親切に教えてくれ、その人が知らなくても通りすがりの人でその駅に行く予定の人が連れていってくれました。中産階級以上の人は本当に親切に対応してくれます。日本人だったら見てみぬふりをしがちですが、自分がどうしたいかを言えば、親切に答えてくれるので本当にありがたいことでした。アンデリ駅で線路のどちらがわの出口をでれば空港に近いかを尋ねたら、こちらの出口で降りてリキシャに乗りなさいと教えてくれ、私たちがモタモタしていると、オートリキシャを停めて行き先を告げておおよその金額も教えてくれました。

 空港の土産物屋で簡単なお土産を買い、シンガポール航空の搭乗手続きの始まるのを待ちました。スーツケースを預け、手荷物をX線検査を通して、セキュリティーチェックはそれでおしまいでした。空港にはインディアン・レストランが1軒あるだけで、空きスペースばかりですることが無いので、長々と寝そべれる椅子で搭乗案内があるまで待ちました。

6月19日(月) いよいよインドを後にして、未明にシンガポールに向かう。疲れたのでただ眠いだけ。早朝、シンガポールに到着し、入国審査を受け荷物を受け取って、着替えを取り出し、出国して早期チェックインでまた荷物を預けなおして、トランジットホテルでお風呂に入って仮眠しました。2時に起きて、無料バス旅行に行くかどうか迷いましたが、タクシーで町に出て、ラッフルズ・ホテルでハイティーを楽しむことにしました。
 シンガポールの町は本当に清潔でタクシー料金も明朗会計でホッとしました。ラッフルズホテルのハイ・ティーは日本人でいっぱいでした。待ち時間にアーケードでショッピングを楽しみ、アーケードのお店も日本人好みのブランド店ばかりでした。
 Teffinでのハイ・ティーはウェイターのサービスは一流ですが、紅茶も食べ物もちょっと期待はずれでした。ダージリンもグレードの低いものでした。
 それから、タクシーでショッピングセンターに行き、買い物をしたり、久しぶりのコーヒーを飲んだりしました。空港までの帰りのタクシーをタクシー乗り場で拾おうとしてもなかなか来ません。タクシー乗り場以外で乗ると予約料3ドル払うシステムのようです。しかたがないので、現地の人の真似をして、別の場所で強引に拾って帰りました。空港の中で軽食をとり、深夜までロビーの椅子でぼおっ〜としました。深夜日本人ばかりの飛行機に搭乗しました。日本の女性はブランド品で固めていますが、皆インドの娘さんは絶対しないような軽装です。インドの町で見かけた娘さんの方が淑女というかお嬢さまという感じでした。

6月20日(火) 朝、名古屋空港に着きました。荷物を受け取り、出口に向かうと”最近空港周辺でタクシーの悪質な客引き行為が増えています。”という張り紙を見つけ、ヤレヤレ”どこでも、雲助タクシーか”と思いました。お昼ご飯はお寿司屋さんにランチを食べに行きました。

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