1997年11月20日から27日まで名古屋のえいこく屋紅茶店の荒川社長と3人でスリランカを旅行してきました。今回は出発の数日前に突然旅行を決めたので、18日までダージリン・オータムナルのテイスティングに追われ、準備もあわただしく出発しました。
11月20日
車で名古屋空港へ向かう。昨夜慌ただしく荷物をつめたので、忘れ物が無いか不安だ。それに、航空券を昨日受け取っただけで、現地の旅行社と連絡がつかず、スリランカでの旅程が全然わからない。とりあえず福岡空港へ飛ぶ。福岡でエアランカのチェックインまで3時間もあるので荷物を一時預かりにあずけ、地下鉄で天神に行き昼食をとる。福岡空港は本当に便利でうらやましい。スリランカのガイドブックを忘れてきたので、天神の本屋で長期滞在者のための「最新情報55 スリランカ」と言う本を買う。荒川さんは空港でお土産用に浮世絵のついた電話帳を買う。免税店で新製品の化粧品とお土産用のたばこを買う。
エアランカに乗り込むと日本人でほぼ満席だ。なんとなくスパイシーな匂いがする。乗員は意外と男性が多い。眠いので、ワインをもらって少し眠ることにする。料理はスリランカ味であまり好きではない。紅茶は美味しくはないが、濃いので許せる味。
コロンボに着くと一緒に降りたはずなのに日本人が数人しかいない。皆モルジブに潜りに行くらしい。入国審査を受けてドアを開けるとそのまま外で、税関の審査がなかった。気温はやはり高い。長袖のTシャツが汗ばむ。旅行社の社長のダルマさんが迎えに来てくれていた。彼は1970年代の前半に日本の中学校に留学していて日本語が達者だ。みずからガイドとしてついてくれることになった。コロンボのテロンと言う紅茶会社のクレストンさんと秘書も出迎えに来ていた。ハイエースで市内へ向かう。道路は検問しやすいように柵を設けて直進できないようになっている。今夜は
ゴールフェイスホテルと言う荒川さんのお気に入りの1864年にできたホテルに泊まる。ホテルで6人でお茶を飲む。ホテル内は旧植民地という雰囲気がここかしこに残っている。チップは10ルピーと言われ、少し両替してもらう。
11月21日朝から良い天気で暑い。荒川さんは空港でスーツケースの鍵が壊されていて開かず、昨夜は着たきり雀だったらしい。朝食は
果物の盛り合わせとトースト、紅茶を頼む。パンは美味しくない。ダルマさんが迎えに来たので、二人分の1週間分のガイド料とホテル代として 1,400ドルをダルマさんに渡す。中古のハイエースでテロンへ行く。今日は一日荒川さんの商談につきあう予定だ。テロンは木箱や民芸調パッケージ入りのフレーバーティー等を主力にしているらしい。テロンは
Qualiteaと言う会社の中に入っていて、2階のテイスティングルームに案内され試飲する。ここはサンプルの紅茶を缶ではなくプラスティックのパッケージに入れている。OPとも言えないような京番茶のように葉の大きい紅茶もあり驚く。輸出先によってそういうお茶が安いので好まれるのだそうだ。シリヤ、レバノン、ロシアとか発送先の予定表が貼ってある。うろうろしていると色々発見があり質問には親切に答えてくれるのでテイスティングよりおもしろい。紅茶は雨期なので、品質が良くない。事務所のパソコンをのぞくと自社のホームページを表示していた。1階のオフィスに戻ると日本から雑貨商のバイヤーが来ていた。
お昼はロイストンさんがシーフード・レストランでご馳走してくださることになった。勿論セイロンカレーの店だ。水木しげるの色紙が飾ってあった。料理は生臭くて閉口する。ごはんも茹でるのかバサバサのお冷やで美味しくない。そう言えば料理はみんな冷めている。皆パパドばかり食べたがる。でもおよばれだから無理してたくさん食べ、結構つらかった。スリランカ人に所用時間を聞いても実際はその何割増しかかかる。行動ものんびりしている。午後の約束に遅れそうなのが気になる。

ホテルに帰るとマービンさんと運転手が待っていた。午後からはランファーと言う紅茶会社に行く。ランファーはセイロン・ティーボードにいた
ラナシゲさんとフェルナンドさんが始めた会社で、最近セイロン・ティー・ボードが国から払い下げられたので買収したそうだ。ここでの商談はラグジュアリーとティープラッカーと言いうブレンドティーについてだ。荒川さんがラナシゲさんにお土産を渡すと包みの形から「チョコレート?」と聞かれ、違うと言うとがっかりしていた。スリランカ人はチョコレートが好きらしい。ティーテイスターは禁煙と本に書いてあるのに、フェルナンドさんは大酒呑みのヘビースモーカーらしい。お土産は勿論日本のたばこだ。ここでブレンドについて色々尋ねる。相手はこちらを小馬鹿にしているので「どうせ教えても自分ではできっこない」とたかをくくって、色々教えてくれる。テイスティングルームでは
ロシアの女性バイヤーがテイスティングしていた。「しっかり勉強して良いティーテイスターになりなさい。」などと言われる。彼女は1週間ここにこもってテイスティングしているらしい。アメリカからのバイヤーも来ていた。ここの紅茶も良いものは無かった。やはり1月以降でないと良いお茶はできないらしい。最高のお茶は7〜8月にとれるものだそうだ。今までの木製のチェストに替えて真空パックやアルミのパッケージの試験もしていた。この会社はスパイスも売っていて、荒川さんはパリの見本市で担当者に会ったそうだ。
市内にアンテナショップがあるそうなので見に行く。紅茶も飲めるようにスタンドがあり、何とアイスティーもあった。ナツメグの花やジンジャーパウダー、チリソースを買う。その後荒川さんの用で高級ショッピングセンターに行く。途中で大雨が降ってきた。中に入るのに手荷物の検査があり、ハンドバッグ以外は入口に預けなくてはいけない。暇なので生鮮食料品を眺めていると野菜が古い。肉や魚も鮮度が悪そうだ。ドルしか持っていないので、荒川さんの買い物のついでにバナナやミネラルウォーターを買ってもらう。出口で車を待っていたら、物乞いが来たので、荒川さんが1/2ルピーの小銭を渡したら、その場で捨てていた。マービンさんに食事を誘われたが、夫が胃痛になったので断って帰る。
帰路はホテルの目と鼻の先で道路が閉鎖されてしまい大回りして帰る。大統領がお出かけらしい。ホテルに戻るとダルマさんが待っていた。夫は疲れて眠ってしまった。しかたがないので荒川さんの夕食に付き合う。ホテルのシーフードレストランで鶏肉のレバー詰めを食べる。なかなかいけた。パンはまずい。デザートにジャガリーアイスクリームを食べる。こればすごくいける。ジャガリーは椰子の花の蜜を固めた未精製の砂糖でスリランカ人の好物だ。ちょっとべとべとした黒砂糖と言った感じだ。部屋は古くてかび臭いが、お湯がふんだんに出るのがうれしい。立派なホテルなのだから、もうちょっとお金をかけて本格的に改修すれば良いのにと思う。適当にベニヤ板とペンキで補修している感じだ。
11月22日朝から良い天気で暑い。かびか埃のせいで鼻炎になってしまった。今朝はフルーツの盛り合わせとベルジャン・ワッフル、フレンチトースト、紅茶にする。ワッフルが一番いけた。最近日本で流行っているような分厚いワッフルではない。薄手のパリパリしたパンケーキ状の方だ。
ロイストンさんが迎えに来て、ミルコ(ミルク・インダストリー・オブ・ランカ)と言う会社に行く。この会社はウバでハイランドミルクと言う全粉乳を作っている。ミルクティーのもとだ。コロンボの工場ではアイスクリーム、ヨーグルト、瓶詰めとビニールパック詰めの牛乳を製造していた。機械はオランダ、デンマーク、スウェーデンのものだった。瓶詰め牛乳の瓶を機械で洗っているのだが薄汚い。アイスクリームとミルクティーをご馳走になった。アイスクリームはちょっと乳臭くて、昔のアイスの味だ。ミルクティーは余りにも甘すぎて残してしまった。工場の庭の花が美しい。
今夜は
マウントラビニアと言うリゾートホテルに泊まる。マウントラビニアホテルは美しいホテルだ。昼食はスリランカ味のフランス料理であまり美味しくない。部屋の眺めが良いと言うことで荒川さんが部屋を交換してくれた。着替えて
プライベートビーチに行きのんびりする。

スリランカの海辺はすぐに深くなっているので泳げない。小雨が降ってきたので、バンガローでライムジュースを頼んだらライムソーダが出てきた。部屋番号とサインをしたら、違うと言われる。フロントに行き部屋を交換したことを告げる。ダルマさんが既に言ってくれていると思ったのだ。さっきチェックインしたばかりなのに、もう部屋番号と名前と顔を把握されているのだ。スリランカはたいていどこでも英語が通じるが訛りがひどいので何度も聞き返してしまう。スリランカ人同士で英語で話していると何語かさっぱりわからない。アーユルベーダのオイルマッサージの看板があったので申し込みに行くと今日は予約がいっぱいだと断られた。残念だ。二人とも肩がコリコリだ。それに受付のお姉さんは小柄な美人だった。そう言えば、スリランカの中年以上の男性は身長が160〜165cm程度だ。女の人はもっと小柄だ。小顔だが、ウェストはすごく太い。
荒川さんは知り合いのジャガットさん(在日)のお兄さんとおじさんに会っていた。お父さんが亡くなったので香典を言付けられたらしい。そのうちにダルマさんが通訳しに来る。その後で国立紅茶研究所の前所長のシワパレンさんと右腕のテイスターの人と会う。二人ともなんとなく狸おやじっぽい。紅茶の保管方法とか色々質問する。
セントコンブ(国立紅茶研究所の附属茶園)のお茶が欲しかったのだが、年中良いお茶が採れるからとロイノーンと言う茶園を見学することを強く勧められる。
夕食はイタリアンナイトと言うことでスリランカ味のイタリア料理のバイキングだった。デザートのジャガリーのゼリーやプリンはひどく甘くてくどい。客層はアメリカとヨーロッパの中年以上がほとんどだ。アメリカ人はエディー・バウアーの靴を履いていたり、ランズエンド風の服を着ているのですぐ分かる。訛りがひどくて何語かわからないイタリア民謡をギターで弾き語りしていた。部屋に戻る途中、ショッピングアーケードのアンティークショップで荒川さんがガラスの電気の笠を見つけ、値段の交渉をさせられる。眠いのだが、店員も荒川さんもねばるので閉口する。商談成立後、お礼にうちわをくれたが割に合わない気がした。何かひどく疲れた。
11月23日今朝はバイキングの朝食だ。食欲はないが今日は強行軍でヌワラエリヤに行くので果物とオムレツを食べる。ヌワラエリアは先週の25年ぶりの大雨で道路が崩れて通行止めになっているところもあるらしい。ちゃんとたどり着けるのだろうか?二人とも出かける前から、もう疲れきっている。
コロンボの市街を外れて、ドライブインに寄る。フランス風のパン屋らしい。でも、ミートソース入りの菓子パンの中身もスリランカ味だ。ツナ入りのパンは生臭い。デコレーションケーキも売っている。全面ガラスで開放的な店だ。パンを買いに人が来る。そこからはだんだん田舎道になっている。これから高地へ行く。上り道の途中で所々道が崩れていて、目印が立っている。棚田が見える。車がボロなのと道が悪いのとで、夫は首を痛めてしまう。
ニードウッドと言う無農薬有機栽培の茶園に着く。ここはスリランカで唯一海外の公的機関から証明書を与えられている茶園だ。所有者のデンジルさんは国から農業賞をもらっている。チャート(グラフ)や標語が好きらしい。牛を飼っていて牛糞と雑草で、堆肥を作りそれを肥料にしている。遮光ネットをめぐらして挿し木で苗を作っていたが、肥料のせいで、
葉が手のひらほどの大きさになっていた。茶園の中に所々コーヒーの木が立っている。そう言えば、スリランカは始めコーヒーのプランテーションが作られたのだが、病気でほとんど枯れてしまい、紅茶に切り替えたので、その名残かと思った。先ずテラスでライオンビールをご馳走になり、その後紅茶とお菓子が出てきた。ココナツ入りの春巻き、マカロンなどお手製だ。奥さんはバラ好きで
庭は美しい。その後奥さんと女中の手作りの昼食をご馳走になる。スリランカ料理の中では大変美味しい方だった。山の中なのにブラックタイガーみたいな大きな海老や鶏、豆のカレー、キャベツの炒め物、茄子のから揚げ、デザートはアボガドのつぶしたものとジャガリーのプディングだった。気を遣って無理に沢山食べたので苦しかった。
田舎のホテルに泊まる。久しぶりにテレビがあるのでつけるとお手軽なアクション・ドラマをやっていた。夫は満腹で夕食をパスする。レストランで荒川さんとダルマさんを待っていると、支配人がはめている指輪を誉め、しきりに宝石を買わないかと言う。断るとダルマさんに口添えを頼んでいた。食事は機械的に食べる。何もかも美味しくない。デザートのパイナップルにダルマさんは塩、こしょうをかけていた。帰り際にも支配人がしつこく宝石を勧める。
11月24日 今朝もイヤイヤ食べる。ダルマさんは頼んでスリランカ食をとっていた。中庭の木にピンクの実がなっているのを見つけ、写真を撮っていると運転手が食べられると言うので少し摘む。シャリシャリした食感ですっぱい。塩をつけて食べるらしい。
ヌワラエリヤの風景は美しい。お天気も良い。のんびり遊びに行くのは良さそうだ。所々に滝が出来ている。峠の滝見茶屋と言った感じのセント・クレアと言う
ティーハウスに寄る。お土産用にティーポットと紅茶入りの陶製の象を買う。途中の町の八百屋で
椰子の実を飲んだ。果物にしてはやや生臭い味で期待していたほど美味しくなかった。薬になるからと中の白い果肉を少し食べさせられた。店員が写真を撮ってくれと言って、住所と未熟なマンゴをくれた。
ウバ・ハイランドと言う有名茶園に行く。お土産は昨日と同じだ。マネージャーは背が高くモハメド・アリに似ていて自分が就任して以来収量が上がったのをしめすチャートを掲げている。事務所の窓に大阪・堂島のムジカの昔のステッカーが貼ってあった。
テイスティングをする。どうも工場長と言う感じのNo.2の方がマネージャーよりテイスティングの実力は上らしい。夫は工場長と感想がぴったり合って自慢げだ。どちらにしても雨期だけあって、品質はそんなに良くない。7〜8月のクウォリティー・シーズンに試したいものだ。門のところで子供がクリケットの選手のポスターやブロマイドを売っていた。茶園からの帰り道、道端に
ジャック・フルーツの木を見た。幹から突然実がなっている。象使いが
象を連れていた。通り越して車を止めて写真を撮っていると、急いでやってきたので、お金をとられないうちにさっさと出発した。
昼食はヌワラエリのグランドホテルと言う大きなホテルで食べる。ヨーロッパからの団体旅行らしい予約席のカードが何組も用意されている。雰囲気は良いが、食事は鶏、ジャックフルーツ、海老、野菜のカレーバイキングで美味しくない。サラダがマヨネーズでなくて、ヨーグルト和えだった。デザートの種類は多いがすこぶる甘い。果物の種類は多かった。
今夜は
ヒルクラブに泊まるので、車で移動する。ヒルクラブは植民地時代の紳士のクラブの面影を色濃く残している。なかなか予約がとれないそうだ。外観とロビーは古めかしいが、客室はこぎれいだ。バスルームも明るくて清潔だ。
ロビーでトリー・オブ・ライフと言うアーユルベーダー・マッサージの貼り紙を見つけ、雨の中連れていってもらう。こぎれいなホテルの別棟だ。荒川さんとダルマさんはホテルでお茶を飲んで待つことになった。わかりにくい英語のドクターの問診があり、それぞれ裸にタオルを巻いて個室に入る。夫は小男の弟子、妻はドクターが担当になる。先ず、頭皮にオイルを擦り込む。マッサージが痛くて髪が全部抜けるかと思った。それから、背中と腕と足にオイルを塗ってマッサージしてもらう。力を入れずにつぼを軽く押す程度だ。夫の方はぐいぐい全身を押してもらったそうだが、弟子の右手の親指ががさがさに荒れていてそれが痛かったそうだ。

次にかまぼこ形の箱から首を出してハーブのスチームで蒸される。充分汗をかいたところで、ハーブ入りのお風呂の入るのだが、お湯が少なくてぬるい。風邪をひきそうなので、すぐに出て頭も洗わずシャワーを浴びて服を着た。変な味のハーブティーとジャガリーが出てきた。夫はハーブバスも弟子が頭からお湯をかけてくれて、全身見られたそうだが、シャワーの後は親切にヘアドライヤーを持ってきて髪を乾かしてもらっていた。町の中に買い物に行く。地元のお菓子やチョコレート、ミネラルウォーター、頭皮に塗るアーユルベーダの頭痛薬、鼻炎の薬をおもしろいので買う。荒川さんはスーツケース用に小さい南京錠を買った。
ヒルクラブに戻ると夕食には
男性はジャケットとネクタイ着用とのことで、ダルマさんと3人で借りてメンズバーでビールを飲んでいた。女人禁制なので仕方なく、ラウンジで待つ。3人とも体に合わず、ネクタイはよれて芯が出ている。荒川さんは手が指先しかでないし、ボタンがとれているのでさっき買った南京錠をかけて着ていた。記念写真を撮ろうとしても、笑えて手が震えてなかなか写せない。とうとう錠前のアップは撮れなかった。
夕食にワインを飲むことになり、リストを持ってきた。荒川さんは甘口が良いと言うので、値段とも相談してカリフォルニアのジンファンデルを注文すると冷えてないからと別の白ワインを勧められる。コルクを抜くとちょっと古かった。美味しくないが寒いのでやけになって一気に飲む。白菜の葉先のサラダが美味しかった。食後のお茶は別室で飲む。葉はBOPFで味はたいしたことがない。寒気がしてきたので、先に部屋に戻り、ヒーターをつけフリースを着込んで寝る。そのうち、ボーイが湯たんぽを持ってきてくれた。
11月25日今朝は風邪は治っていた。今日はシワパレンさんお勧めのディコヤのロイノーン茶園に行く。途中、ディンブラで名前を聞いたことのある茶園の前をいくつか通りすぎる。コロンボでセントコンブへの予約を頼んだら、ラナシゲさんも良い顔をしないので、直接
セントコンブ茶園に行ったら、荒川さんと面識のある副所長が出てきて、許可証がないので断られた。写真撮影も禁止されたが、その前にデジタルカメラで撮ってしまった。ここは国営の茶業試験場と附属茶園なので何につけうるさい。トイレを借りるのもガードマンがついていった。
ロイノーンへはダルマさんも行ったことがないので、途中で道を聞きながら行く。行けども行けども着かない。途中
茶摘みをしている畑で写真を撮る。茶摘み女はサリーが擦り切れないように厚手のグラウンドシート地のようなビニールを腰に巻いている。監督が「写真を送ってくれ」と言って住所を手渡した。茶畑の中に
朱色の大きい花が満開の大木が立っていて、名前が気になる。夫は途中で何度も吐いた。その間男の人たちは道端で用を足しに行く。
道は狭いし稜線に沿って曲がりくねっている。どんな狭い谷でも橋を架けて対岸に渡すと言うことはしない。看板によるとロイノーン社には茶園が4つあるらしい。広大な茶園の中に入ると道は石だらけのダートで益々悪くなる。茶園の中に部落と言うか茶摘み人のコミュニティーができていて古ぼけた商店街もある。道に迷って通行人に聞くと「谷の下で歩いてすぐだ」と言う。車がUターンできる所までかなり戻らないといけないので、歩いて降りる。急斜面だったので荒川さんは息切れしてしまった。
ファクトリーに着くと大雨が降ってきた。マネージャーは私たちが遅いので、バンガローに戻っていた。連絡してもらうとかっぱを着て単車で飛ばしてきた。びっくりするほど若くて背が高くてハンサムだ。テイスティングしてみると時期の割にはBOPFはなかなか良い。日本から持参したミネラルウォーターでも試してみた。

この工場は3つの茶園のお茶を製茶していて1日に7トン生産している。「昼食の準備まで気がまわらなかったので申し訳ない」と言ってビスケットが出てきた。皆空腹なので、スーツケースの中から日本製のクラッカーを2箱出してきて、工場の人たちや運転手も呼んで食べる。残りは貰ってもらった。ゲストブックにサインすると記念すべき二人目の日本女性だった。もう一人はライターの人で、日本紅茶協会の雑誌などによく書いているらしい。日本に戻って茶園地図を見るとここはディコヤでも一番奥でここから先は山岳地帯だ。本当に地の果てまで行ったのだ。どう考えても日帰りするところではない。紅茶はチェスト(木箱)を止めて細長いセメント袋のような紙袋に詰めていた。
ストーク(茎や葉柄)を何段階にもふるいわけしていたので頼んで少し貰ってきた。これは以前は捨てていたのだが、インスタントティーの原料にするらしい。
コロンボに戻る途中の街道沿いの昔国営ホテルだったところで、遅い昼食をとる。空腹だが、食欲はない。夫はちょっと食べたが、すぐにもどしてしまった。精算の時に金額が違うと言ってダルマさんと支配人でしばらくもめていた。わざと計算間違いをするのだそうだ。
雨の夜道を飛ばしてコロンボに戻り、ゴールフェイスホテルに泊まる。夫はすぐ寝た。荒川さんが夕食を食べたいと言うのでつきあう。ボーイをよく観察すると30代より若い人たちは結構背が高い。世代間の身長差は10〜15cmくらいある。この間に食生活が著しく変わったりしたのだろうか。時間が遅いので、残り物のようなものしか出てこない。魚のステーキが生臭くて閉口した。付け合わせは炒めたビーフンだった。部屋に戻ると夫がテレビでCNNを見ていた。何だか、しきりに"
Yamaichi, Yamaichi!"と言ってたが、疲れていたのであまり気にも留めず消して寝た。
11月26日 今朝はしっかり荷造りをする。ロビーでマリオさんと言うタイーガー・ウッズ似の若くて背が高くハンサムな茶商と商談をしていると、ロイストンさんが来る。チェックアウトを済ませて、荒川さんはロイストンさんと中華料理を食べに行ったが、私たちはホテルのテラスでのんびり海を見ることにする。
やはり胃の薬を飲んだ方が楽になれそうなので、薬局を探してうろうろしていると、ホテルのアーケードの宝石商が親切そうに英語の通じる薬局を調べてくれた。歩いて5分の信号で左に曲がって5分のところにあると言う。その後で日本の大使と一緒に写っている写真とキャッツアイやスター・サファイアを見せられたが、体よく断って薬局を探しに行く。タクシーが何台も止まって乗らないかと言うが無視する。早足で5分歩いても信号は見えない。スリランカの人は時間にルーズなのを思い出して、10分や15分で行けそうに無いので帰ることにする。宝石店の前を通ると煩わしいので、車のすきを狙って道路を渡って道の反対側を通る。ホテルの近くの横断歩道を渡り、ホテルに戻る。荒川さんが帰ってきたので、
ベルボーイの大将みたいなおじさんと一緒に写真を撮ってもらう。
お土産を買いにランカ・オベロイと言う帝国ホテル並みの立派なホテルに行く。爆弾テロでインターコンチネンタルやヒルトンは被害を被り閉鎖されていてお目当ての土産物店には行けない。
オベロイで紅茶を飲む。茶葉が瓶に入れられていてどれにするか選ぶのだが、案の定酸化していて美味しくない。ホテルの中の店は町の土産物屋と比べてデザインと値段を比べるとそう悪くは無い。版画のカードを沢山と白黒のアップリケのクッションカバーを1枚買う。ここでも宝石屋は煩わしい。「ヒラリー・クリントンさんと海部元首相婦人が買ってくれた信頼のおける店で東京支店もある。」と盛んに言っていた。
町の土産物屋にも寄る。デザインがださくてお土産に出来るものがあまりない。ガイドは後でこの店からバックマージンを貰えるのだ。マドラスチェック地に簡単な刺繍をした象があったので10個とも買い占める。クッションカバーはこちらの方がずっと安いがデザインは全然垢抜けない。ハッピー・マッサージャーの贋物とアーユルベーダのマッサージオイルがあったので買う。アクセサリーはデザインも気に入らないし、石のグレードも値段に比例して大して良くない感じだ。
裏道を通って、空港近くのダルマさんの事務所の建築現場を見て自宅へ招待される。(建築現場にぼろを着た変な案山子が引っかかっているので、訳を尋ねると妬み除けのおまじないだそうだ。)その前に薬局に寄ってドイツ製の胃の薬を買う。ダルマさんの家に寄るとは知らなかったので、スーツケースをひっくり返してお土産になりそうなものを探す。子供用に日本のフルーツガムと飴、奥さんに美濃和紙のナプキンと植物の種を渡す。奥さんは美人だが、肝っ魂かあさん体型だ。おばあさんは英語が通じない。子供たちは日本語の単語を少し知っている。疲れていたせいか、家族と記念写真を撮るのを忘れた。奥さんと親戚の女性二人のお手製の料理をご馳走になる。夫はキャベツに日本製のマヨネーズをかけてもらって食べる。ご飯に、野菜入りの焼き飯に、ビーフン、鶏肉・野菜のカレー、干し魚のから揚げなど盛りだくさんだ。料理は精一杯お世辞を言ったが、褒めるほど食は進まないので申し訳ない。子供たちもこんな辛いカレーを食べるのかと疑ったが、アルミのお皿にお茶碗一杯分くらいの量のご飯を盛り、鶏肉一切れとカレーを大さじ1杯分くらいかけてもらっていた。荒川さんはあふれた荷物やランプの笠を箱詰めしてもらっていたが、うっかり冬服も荷造りしてしまった。仕方なく、薄手の長袖の重ね着をしていた。それから「もうルピーは必要無いから」と残ったお金を子供のお小遣いにと全部ダルマさんに渡していた。
空港に行き、手荷物の検査を受ける。うんざりするほど念入りに調べられた。空港税が1人500ルピーの貼り紙を見つけてダルマさんに聞くと「うっかり忘れていた」と言う。しかたが無いので、3人分のドルをルピーに替えてもらう。チェックインはコンピューターが不調で時間がかかる。とうとうグランドホステスが奥に行って取ってきてくれた。空港の中のトイレはチップが必要なので、仕方なく1ドル渡す。先日立ち寄ったティーハウスの売店があったので、紅茶入りの陶器の象を2個買う。モルジブ帰りの人たちは山ほど紅茶を買って大声で思い出を話し合っていた。深夜搭乗する。
11月27日機内食も重なると飽きてスパイスの匂いばかり鼻につき、つっつくだけになる。成田に着いて降りる人、これからコロンボに行くために乗る人の入れ替えがある。一度全員が降ろされる。福岡空港までの間にまた機内食が出て驚く。福岡空港で名古屋までの二入分の便の変更を「追加料金を払っても良いから」と無理矢理に頼む。すぐの便に空席があるからだ。追加料金無しで変更が可能と聞いて荒川さんも変更を申し込んだ。夫は名古屋空港から自宅までの間にかかりつけの内科で胃潰瘍の薬をもらい車の中で飲む。それから受け付け時間ギリギリの整形外科で診察を受ける。どうやら、首の関節が捻挫状態になったらしく、しばらく牽引に通う必要があるらしい。自宅に食べ物が無いので、近所の居酒屋割烹に行き、妻はビールと刺し身や煮魚、焼き茄子、夫はメニューに無い野菜雑炊を頼む。夫はこの3日間ほとんど食事を取らず、水を飲んでは吐いていたので、「食欲が無いからおかゆが良い。」と言っていたが、薬のおかげか、新鮮な魚を一口食べて気が変わったらしくびっくりするほど食べていた。こんなに和食がなつかしく美味しく感じられたことはかつて無かった。スリランカの人には悪いが、料理はほとんど口に合わなかった。スパイスの使い方はカルカッタのカレーの方が激辛だが癖が無い。ダージリンのネパール風味と比較すると、魚が生臭い分だけ分が悪い。紅茶は日本では高級感があるせいかダージリンが人気だが、セイロンのディンブラなど値段も手ごろだし比較的香りも良いし水色は明るい茶色で美しい。もっと評価されても良いと思う。